『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.709

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

を繪にかゝしめ給寄なりとだか壹り傳へ豈よ、今より三十年ばかり以前、, も高く海よりも深き事を常にわすれけらんか爲に迚、其畫を人に寫さし, り、都の便をボめてき、衣の染色をこのみ、或は高麗漢土の商船に便りてき、, 末にても、此物のたり、此寫繪を見て、日の光ます大御神の御大徳の、山より, 盆なき調度を買ものするも、平生の事なれは、何ともおもはに、亂れたる世, 東照宮より、駿河守〓上家親の朝臣に賜りし物にく、大坂の御合戰の形勢, らにあやします、是そまさな〓とおもへるや、我むまこなしは子のすホろ, より彼をあやしみ、かれより是をあやしむは、人情のならひなれは、翁き, の萬不自由なる人より見る時は、中〳〵にこれをや怪しとおもふらん、是, 閑ことにおもふ人の、此圖を見は、けそや怪しとおもふらめ、飽食温衣の餘, めて、かくは物しつるなり、, もひ、又今の世の軍書讀といふもの言を聞てき、軍ずけうそと思ひやり、等, よ光禪寺といふ寺に、古くより傳へも童る繪屏風あり、そはかしこけれと, 〔山形光禪寺藏屏風合戰繪考〕出羽の國山形に三日町といな所有、其所〓, 寛政十二庚申年文月小詩仙堂主翁誌, 寛政十二庚申年文月, 最上屏風, ノ由來, 元和元年五月七日, 七〇九

頭注

  • 最上屏風
  • ノ由來

  • 元和元年五月七日

ノンブル

  • 七〇九

注記 (20)

  • 294,627,63,2236を繪にかゝしめ給寄なりとだか壹り傳へ豈よ、今より三十年ばかり以前、
  • 1006,627,61,2228も高く海よりも深き事を常にわすれけらんか爲に迚、其畫を人に寫さし
  • 1708,631,62,2239り、都の便をボめてき、衣の染色をこのみ、或は高麗漢土の商船に便りてき、
  • 1124,627,61,2223末にても、此物のたり、此寫繪を見て、日の光ます大御神の御大徳の、山より
  • 1593,629,60,2227盆なき調度を買ものするも、平生の事なれは、何ともおもはに、亂れたる世
  • 412,624,63,2230東照宮より、駿河守〓上家親の朝臣に賜りし物にく、大坂の御合戰の形勢
  • 1242,628,58,2216らにあやします、是そまさな〓とおもへるや、我むまこなしは子のすホろ
  • 1359,632,59,2216より彼をあやしみ、かれより是をあやしむは、人情のならひなれは、翁き
  • 1475,636,62,2218の萬不自由なる人より見る時は、中〳〵にこれをや怪しとおもふらん、是
  • 1827,628,62,2227閑ことにおもふ人の、此圖を見は、けそや怪しとおもふらめ、飽食温衣の餘
  • 894,630,56,786めて、かくは物しつるなり、
  • 1943,640,62,2207もひ、又今の世の軍書讀といふもの言を聞てき、軍ずけうそと思ひやり、等
  • 532,629,60,2219よ光禪寺といふ寺に、古くより傳へも童る繪屏風あり、そはかしこけれと
  • 637,578,95,2272〔山形光禪寺藏屏風合戰繪考〕出羽の國山形に三日町といな所有、其所〓
  • 765,914,68,1578寛政十二庚申年文月小詩仙堂主翁誌
  • 770,920,68,665寛政十二庚申年文月
  • 684,257,44,171最上屏風
  • 640,261,41,121ノ由來
  • 196,698,49,344元和元年五月七日
  • 197,2438,41,119七〇九

類似アイテム