『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.744

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候よし、, 山御陣へ參り、御前に罷有候砌、畠山入庵御前へ罷出、思召儘の御事、目出度, 一所にこたへ不崩、後御穿鑿の時、市正へ御向ひ、大御所樣仰に、各嗜候へと, とおもへと御意被成候、案の〓く帶くる輪に秀頼居被申候よし、明日しれ, 被申候へは、御手まねき被成、いやそれかちるきぞ、勝軍の時は今夜はある, を被仰ものならんと物かたり也、, の御上意にて、中〳〵御悦喜なり、定〓關原と大坂との事、兩度の御勝の儀, 仰、其後御床几に御腰懸られ、これへ寄候へと御意ニて近〳〵と召、今夜の, 陣は何と御意候時に、掃部、はや城燒立申候うへ、何事も御座有ましく候と, 申上を、御威光に恐れ不申上候、迯たると思召、ケ樣に被仰候哉、心外至也、, 几より御立候て御手を出され、大將禮に御あひしらひ、今日は骨折の由被, 奉存候旨申上候へは、家康公、入庵手を御取被成御機嫌にて、入庵又勝たと, 御叱り被戌、市正後殊之外悔しかり、我等き大澤と一所にこたへ申候と可, 〔武邊雜談〕乾大坂七日御先手敗軍の時、大澤侍從基宿、土岐市正頼元と, 〔武邊咄聞書〕上水野日向守勝成の物語に、五月七日大坂落城の砌、茶臼, 家康入庵, リ「又勝, ノ手ヲ執, 畠山入庵, 大澤基宿, 土岐頼元, 直孝ヲ戒, た」ト呼, プ, 元和元年五月七日, 七四四

頭注

  • 家康入庵
  • リ「又勝
  • ノ手ヲ執
  • 畠山入庵
  • 大澤基宿
  • 土岐頼元
  • 直孝ヲ戒
  • た」ト呼

  • 元和元年五月七日

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  • 七四四

注記 (26)

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