『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.920

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んと怒り給ふ、何事有くも腹立給ふ事なきニ、此時は面色替りてみへ給ひ, なく居たりたる、親類懇意の輩氣のとくニ思ひ、左衞門殿いつニ替りて氣, ゟ外何とし給ふへきと云放ちて、其後は彌忍ふ氣色もなく日を送りたり、, たる、扨も四角兵衞は、面向こそ欠落とは申ものゝ、さして忍ひたる氣色も, 事を聞しか、例の事よと思ひ居つるに、只今申者有之、聞つるか、其許の心ニ, 安房守殿此由聞給ひて、急き左衞門佐殿を呼給ひ、此比樋口か居らぬと云, て、年來日比我まゝ千万法外の事のみニ御座候へとも、由緒有者と申、自然, 召當りて、扨は其刀盜みて遠國ししるニ相違なし、惡き奴尋出して戌敗せ, 口はあざ笑つて、事々し、何程の事かあるへき、わろを分ニて首をきらな, と申、其後返し納たるかと尋給ふ、いや其後は返し納候はすと申、其時思し, 惡くみへさせ給ふと云を聞て、早々陰を隱し、遠國せよと異見しけれは、樋, そむき、陰を隱したると云、實ならは呼出し仕給へと仰ける、左衞門殿畏り, 刀取出し渡して候と云、夫は何れの刀そと問給へは、大谷樣ゟ被進候御刀, たる女中申は、先の何日ニ參り、御刀まいらせよと御意也と申候まゝ、私御, の時は用ニも可立取得も候半と存候て、ゆるし罷在候へ共、此度の儀は差, ヲ有メテ, サシム, 樋口ヲ赦, 昌幸幸村, 元和元年五月七日, 九二〇

頭注

  • ヲ有メテ
  • サシム
  • 樋口ヲ赦
  • 昌幸幸村

  • 元和元年五月七日

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  • 九二〇

注記 (21)

  • 1297,656,59,2210んと怒り給ふ、何事有くも腹立給ふ事なきニ、此時は面色替りてみへ給ひ
  • 1065,655,60,2219なく居たりたる、親類懇意の輩氣のとくニ思ひ、左衞門殿いつニ替りて氣
  • 715,656,61,2230ゟ外何とし給ふへきと云放ちて、其後は彌忍ふ氣色もなく日を送りたり、
  • 1180,658,62,2208たる、扨も四角兵衞は、面向こそ欠落とは申ものゝ、さして忍ひたる氣色も
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