『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.923

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前々によほとのちんはにく有しと也、, 付、柳の皮ニて卷にり、口はにくさたにきゝたれ共、起直る事さへ出來兼々, れは、左衞門殿樂屋へ頼みく、駕籠を借人をやとひて歸り給ふと也、後ニは, なから、角力ニは負候と云なから、樋口をしかと抱て動かせす、夫氣附よ骨, のなるか、如何樣ニも引すり廻して療治し呉よと申たるにそ、則骨つきを, の甲を聢と押へ、夫まいつたり角力ニは勝たと云、龜の甲少しも騷かす笑, 給へと云、四角兵へ大の眼を見出し龜の甲をはたとにらみて、たりけめ、侍, 繼持來よと呼はりけれは、かくたより藥持來る、必動き給ふな、すねの骨の, 五人切タリト云、大坂陣ノ時モ、君ニ從ヒ武功アリ、落城ノ後本國ニ皈リ, 綱徳按ズルニ、四角兵衞後ニ渡邊ト改ム, たる者か、すねならば一本や二本押折たとて、目を廻す樣ニて用ニた〓も, 折て候、只今即時ニ繼候へは、後々迄も子細なき物ニて候、此氣付をふくみ, かと思按して、例の内からみニ引かけけれは、四角兵衞打投られ、芝居へひ, ゝくはのりにすねの骨を打折たり、腰ゟ下は動く事ならされ共起直り、龜, 能治して早走りも力業も聊障りニならす、乍去老年に及ひて痛み出て之、死, 一生ニ二十, 元和元年五月七日, テ渡邊ト政ムト云、, 渡邊綱二自ラ比シ, 元和元年五月七日, 九二三

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  • テ渡邊ト政ムト云、
  • 渡邊綱二自ラ比シ

  • 元和元年五月七日

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  • 九二三

注記 (21)

  • 556,621,52,1154前々によほとのちんはにく有しと也、
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