『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.61

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らす燒失す、今の御身の上とは言なから、歩行跣にて御出あらんもいかゝ, とも、御母公御合點なし、此うへはいたすへき樣なしと也、兩使歸りて右之, へ物見に參る、大野修理白き帷子に髪をさはき出、右の兩人乃衆へ申は、そ, り、修理三使にかたりていわく、たとへは秀頼并母義御出ありとも、乘輿殘, の一〓相そへ、御迎に參るべしとて、まづ二位の局を輿に乘らせて舁出す, へし、重て來らざるまへに責殺し奉らんとず、土藏之内へ鉄炮を打かけ打, かけ扉を打破んとする、是を見て土藏之内ゟ火を放て、壹人も殘らす自害, ならんといふ、三使いわく、幸に片桐市正乘ものあり、是に大御所の御乘も, 談して、只今の躰たらくは、秀頼を一定出させべし、助け置は必ず後の災成, 段言上す、また加々爪、豐後に、間宮權左衞門をさしそへ仰遣はさるゝ旨あ, 土藏之内には御迎をま〓躰也、時に井伊掃部頭、安藤對馬守、阿部備中守密, 倉燒のこるにより、秀頼公御入、御人數責かゝる時、加々爪殿と今一人先手, 藏に入て後出て申ていわく、御和睦之事、〓初より秀頼は異儀なしといへ, 〔老將座談〕, するといへり、井伊、安藤、阿部、後難を察する手立、尤勇智の忠臣也、, 八日, の朝、山里の南東の方の御腰物藏の矢, ○阪役叢話, 七十八所收, ○五, 月, 井伊直孝, 害ヲ貽ス, 秀頼ヲ助, 命セバ悦, べシトテ, 發砲ス, 元和元年五月八日, 六一

割注

  • ○阪役叢話
  • 七十八所收
  • ○五

頭注

  • 井伊直孝
  • 害ヲ貽ス
  • 秀頼ヲ助
  • 命セバ悦
  • べシトテ
  • 發砲ス

  • 元和元年五月八日

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  • 六一

注記 (29)

  • 1472,639,69,2204らす燒失す、今の御身の上とは言なから、歩行跣にて御出あらんもいかゝ
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