『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.209

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ケ由の話ニ符合れせり、, て、前後しらさ御事あるに、君侯ゟ土民に觸て、醉客ニ障らぬ樣ニとの事也、, 侯自ら郷應し給ふ事いと念頃なり、人々、此者ハ何人た〓事を知らすして、, 薄田, 是ニよりて、人々彌疑ひしとそ、同し比にや有たん、大坂の殘卒と覺しき者, 時は互ニ高笑し、又ある時は互ニ〓を流して悲談せし事も有しと、彼老女, 來りて、秀頼君の此國ニ御座すると聞て尋來りたりと云事ニそ、大守侯此, 是彼と疑ひたるとなん、いつとても大醉して歸路ニ、或道の側ニ倒れ臥し, 時ハ、かたわらニ避て通したるとそ、是も薩藩の人語りて聞からに、前の勘, 主は殊更喜悦の樣子ニて、扨其應對の樣子、客は臣の如くニて主を崇び、或, 者を捕ひて關東ニ出されし、是より盆醉客をうたかひ、途中抔ニて行違ふ, 物語せるとそ、此大男は秀頼にてありしやと、今も云りと、勘ケ由物語れる, 奧ニ醉客あり、夜よく鹿兒島の城内へ噺しニとて行たるとそ、ちれは薩州, 二夜三夜も止宿なす事有て、終夜語り明しけるニ、件の旅客等入來なせは、, 由ニや彼隆治か予ニ語りし趣なり、又或人の話ニ、大坂落城の後、薩摩の山, 元和元年五月八日, 二〇九

  • 元和元年五月八日

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  • 二〇九

注記 (17)

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