『大日本史料』 12編 23 元和元年十月~元和二年正月 p.517

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なされ候へと、たつていきん申候へは、壹人としていらさるは〓とたて, をいたされす、寺やくこんきやう今はしめてふさたいたされ候を、我等, 細を御たつね被戌候て可被下候、それいかゝと申ニ、鳥羽院の御ふりし, 申樣は、寺やくこんきやうをも、鳥羽院の御ふつしきん〓んのことくに, 竹田安樂壽院之大善坊、西之坊、東之坊、中西坊と申者、我等に不慮之儀申, をうちおり、ちみとろけになし、一このかたわに被成候、いさゝかとかな, かけ、御堂へ寺役こんきやうニ出仕いたし候へは、あたまをやませ、すね, 八月廿二日、竹田安樂壽院之中坊目安ヲ上、, き我等をかやうにいたされ候こと、かの四人之者共、めしいたされ、其子, 八月十五日, 之趣尤候、万一其上坊主方申分候はゝ、自是可申入候、猶御使者へ申入候、, 恐惶謹言、, 乍恐言上, 小堀遠江殿, 金地院, 八月十五日板倉伊賀守, 板倉伊賀守, 中坊ト大, 安樂壽院, 出入, 善坊等ノ, 板倉伊賀守, 元和元年雜載, 五一七

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  • 中坊ト大
  • 安樂壽院
  • 出入
  • 善坊等ノ

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  • 板倉伊賀守

  • 元和元年雜載

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  • 五一七

注記 (24)

  • 264,701,54,2149なされ候へと、たつていきん申候へは、壹人としていらさるは〓とたて
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