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く、日々に御憔悴あり、このこと台徳院殿御歎息ありて、昵近の士をめされ, 右之折紙、御城にて相認遣ス、, 元和二年、, ふれなは、まさに御本復かたからむと言上すといへとも、かつて御許容な, 片山某, 東照宮萬病圓を用ひさせたまふといへとも、かつてその效なし、汝等かの, 圓をふくしたまふ、宗哲これをいさめたてまつり、たゝに大毒の劑をもつ, やりもなく候、此頃承候へは、宗哲女中駿府ニ此中被居候ツル、宗哲煩ニ付, 御藥をとゝめたてまつるへきむね、仰を蒙るといへとも、彼等猶豫して御, てこれをせめたまはゝ、積をのそかるゝことあたはす、かへつて御正氣や, 聽に達せす、よりて宗哲またその仰をうけたまはり、たゝちにこれを言ト, 〓、得上意配所へ被遣候と承存候、, 一宗哲は、配所にてさて〳〵病之由ニ候、相國樣御他界之後は、我等状之取, のち御腹中に塊あり、御みつから寸白の虫とのたまひて、萬病, 〔寛政重修諸家譜〕, 〔本光國師日記〕, ○上下略、龜屋榮任役スルコト及ビ後藤, 條ニ收ム、九月ヒ日附、細, 法眼、法印、, ○中略、家康疾ニ罹, 宗哲、與安、, ルコト二カヽル、正, 光次病ノコトニカヽル、八月二十六日ノ, 三百, ノ條ニ收ム, 十三, 月二十一日, 川忠興宛、崇傳書状案、, 二十, 二テ病ム, 宗哲配所, 元和二年三月十七日, 一四〇
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- ○上下略、龜屋榮任役スルコト及ビ後藤
- 條ニ收ム、九月ヒ日附、細
- 法眼、法印、
- ○中略、家康疾ニ罹
- 宗哲、與安、
- ルコト二カヽル、正
- 光次病ノコトニカヽル、八月二十六日ノ
- 三百
- ノ條ニ收ム
- 十三
- 月二十一日
- 川忠興宛、崇傳書状案、
- 二十
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- 二テ病ム
- 宗哲配所
柱
- 元和二年三月十七日
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- 一四〇
注記 (33)
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