『大日本史料』 12編 49 元和八年十月~同年十一月 p.259

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て、〓近の士をめされ、東照宮萬病圓を用ひさせたまふといへども、かつてその效なし、, ありて江戸にきたり、台徳院殿にまみえたてまつる、時に汝大御所の恩寵他にこえたり、, 日光山にいたり、御靈廟を拜したてまつる、のちまた仰により萬病圓を製したてまつりし, かば、これをわかち賜ふ、六年、水戸中納言頼房卿瘧疾を患ひたまふにより、仰をうけて, 〔官醫家譜〕五片山, 言上すといへども、かつて御許容なく、日日に御樵悴あり、このこと台徳院殿御歎息あり, 汝等かの御藥をとゞめたてまつるべきむね仰を蒙るといへども、彼等猶豫して御聽に達せ, しかのみならず、御藥を戒たてまつること忠節のいたりなりと仰ありて、いとまたまはり、, ず、よりて宗哲またその仰をうけたまはり、たゞちにこれを言上せしかば、御氣色蒙りて, 信濃國高嶋に配流せらる、しかりといへども采地はもとのごとくたまふ、四年四月、赦衣免, る、妻は宗仙某が女、, 常陸國水戸におもむく、八年十一月十八日、死す、年五十、法名壽源、谷中の感應寺に葬, 積をのぞかるゝことあたはず、かへつて、御正氣やぶれなば、まさに御本復かたからむと, 法名壽源, 江戸谷中感, 應寺ニ葬ル, 元和八年十一月十八日, 二五九

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  • 法名壽源
  • 江戸谷中感
  • 應寺ニ葬ル

  • 元和八年十一月十八日

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  • 二五九

注記 (18)

  • 1588,739,70,2139て、〓近の士をめされ、東照宮萬病圓を用ひさせたまふといへども、かつてその效なし、
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