『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.217

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上意に御座候となり、去ニ依て、江戸表より御見舞として、將軍樣も早々駿, 御前樣には、御身後の義のみを御意被遊候とも、とやかくと申上、外の義に, へ共、御自分樣には、今度の御不例におゐてき、とつく御快然被遊間敷と有, 御心のうつらせられ候〓く、御あひさつ申上、少しなり共、御心乃なくさま, 日比御側近く被召仕、御はなしの御相手にも被遊候面々を被召寄、たとへ, ゝろよく還御被遊候、以後少々御不食被遊候へ共、さして御樣躰に御さゝ, 御兩吟ニ〓御閑談の義、度々在之候と也、其節將軍樣ニは、御隱居樣付にも, 御鷹野に被爲成候御先ニ而、御病付被遊候處ニ、御藥なと被召上、早速御こ, て云、我等若年の比迄は、御直參、倍臣の中に、權現樣御時代の義を、能おほえ, 府へ御成被遊候處に、御當著の日より、御對顏の節、御側衆をも御拂ひ被遊, はり被遊候御事も無御座ニ付、追付御快然可被遊樣に、外々ニ〓は奉存候, 罷在面々餘多在之候而、左樣の衆中の直物語りを、度々承りたる事ニ〓候、, 御不例と申ハ、いか樣成御病症ニ〓被成御座候と、其許には被及聞候哉、答, ○家康、秀忠竝ニ近臣ニ遺命スルコト、便宜左ニ合敍ス、, 〔落穗集追加〕四問て云、權現樣駿府の御城内に於て、御他界被遊候節の, ミヲ語ル, 家康身後, ノコトノ, 元和二年四月一日, 二一七

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  • ミヲ語ル
  • 家康身後
  • ノコトノ

  • 元和二年四月一日

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  • 二一七

注記 (20)

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