『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.257

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た〓ふへよと、大相國仰をかせたてふなれは、これは江戸へまいるへよと, の代の寶となるへしとありしに乞りく、その海ゝあり、これも尾張、駿河、水, 書目録をも、土井大炊助迄申たりしに、やかて御前へ申されたれは、是も同, し、少將殿は、三つそ分てとらせらるへよなと聞えたれは、余かあつかりし, へよとて、のけを發侍りし、稱名院自筆の史記も其中にあり、其外日本の記, 御かたへ渡し侍りぬ、殿中草子倉にありし本ともゝ、見つけ侍りしに、歌書, の器より、破釜瓦盆底にいたる庭くも、假令宰相殿、中將殿へ、五つ充にかは, なともお得かりたり、されと世にまれなる物をは、少々江戸へさゝけらる, 群臣、十九日登久能山、拜神廟、既而先生、送遣宜人及叔勝於京師、而自駿赴江, 大神君弗豫、先生日候營中、四月十一日、應召陪御床之傍、十七日、大神君遂棄, く、そのまゝを〓侍りぬ、又新刊の群書治要、大藏一覽も、國々へたたはり、後, 戸へ、一部つゝあいりぬ, 録三十餘箱は、何も三通うつし、内裏に一通江戸に一通、駿河に一通をかせ, くわけくまいらすへきよし仰きる、余も江戸より駿河へまかりく、三人の, 〔羅山先生集附録〕, 二年丙辰、先生三十四歳、在駿府、正月二十一日, 年譜下, 二, 物ヲ尾張, 紀伊五水, 家康ノ遺, 戸三ノ割, 合ニテ頒, 元和二年四月十一日, 二五七

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  • 年譜下

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  • 物ヲ尾張
  • 紀伊五水
  • 家康ノ遺
  • 戸三ノ割
  • 合ニテ頒

  • 元和二年四月十一日

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  • 二五七

注記 (25)

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