『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.582

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て被仰出候は、藏數多候へは、欠米等も多く、我ら頼と有之事ハ、兼〓知りた, たりに有し、とかくよき事き老人もいたすへき事と申傳へ候, へと御意被成候、備前殿御たい所へ栗を持出、さゝやきて御申候き、此く, らはれ、其後おほしめしたるまゝ、くりなり候て、めし上られたると皆々, 定方ニて相考られ、其趣を御勘定頭中被申上候へは、以之外御機嫌不宜し, りをならせ、御くりしにめし上られへきか、御長命めてたかるへきとわ, 木をうふるとて笑しを、木うへ候おふぢ聞て、其方のやうなるたはけ者, 一武藏之内忍の御城にて、御所樣、伊奈備前に被仰付候き、此大栗を植置候, る事なれとも、萬一之義も出來、遠國の米穀當地え運送の成か手候〓くの, 御申を承候、昔八九十になる人か、木をうへ多を、有人見て、いつ入用意に, を、我におふちに持て、わか代に木に事をつくと返答いたしたると、昔か, 上諸國の御代官所より、御當所迄運送之失却も有之、旁以御費多ク有之候, 間、江戸御米藏の棟數を御るらし被遊候ハゝ、大分之御徳用たるるき〓勘, 義も有之に付てき、當地の米の直段なとも高直ニ成り、諸方ゟ集り居しる, 〔岩淵夜話〕三權現樣御代に、江戸御藏納り米多過候故、欠米等も多ク、其, 元和二年四月十七日, テ栗ヲ植, 忠次ヲシ, 家康伊奈, ヱシム, ニ備フ, 慮, 江戸ノ藏, 米ヲ萬, 家康ノ遠, 話, 元和二年四月十七日, 五八二

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  • テ栗ヲ植
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  • 江戸ノ藏
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  • 家康ノ遠

  • 元和二年四月十七日

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  • 五八二

注記 (28)

  • 374,641,61,2226て被仰出候は、藏數多候へは、欠米等も多く、我ら頼と有之事ハ、兼〓知りた
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