『大日本史料』 4編 1 文治元年11月~3年8月 p.41

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しみ給ふ、めのとの女房御あしに取つきて、おめきさたふ、此みとせかほと, 齋藤六、坊の四方みれとも、若君もらし奉り候へき方もなし、如何はすへき, と申たれは、母御前ずわか君に取付く、ま〓我をころしてゆたやと、なき悲, 在つれとも、男も女も聲をたにたかくわらはすして、今き何をろしのふ〓, 候はんに、おそく出さを給はゝ、かれらうち入てけかさは、見苦しき在樣見, へさせ給はん事口をしかるへし、疾々遣との給へは、此ことはによはりて、, き、何をか恐るへきなれは、ありとあるもの、聲もおしますおめきさたふ、北, くわたし奉れと、鎌倉殿与り仰をかうふりて、北條四郎時政と申もの參り, 條申たるは、別乃御事は候まし、世もいまたし〓まり候はねは、其程しはら, て候也、御輿よを〓、とく〳〵奉へきよし申けれとも、返答をす、みな人おめ, かくて渡らを給候つるこう、ふしきにて候へ、是きみな兼て思召まうけ, 其後きいたくかハくにも譴さりけり、齋藤五母御前に申たるは、今まても, る事也と申けれは、疾遣はせしはらくもあらは、暇こひて見參らをに參り, 御前、わたらを給ふよし承候、御迎に參たり、出奉り給へと申たれは、齋藤五、, きけたふ、猛きものゝふも子孫き持たれは、さこそあるらめと思しられそ, 文治元年十二月十七日, 四一

  • 文治元年十二月十七日

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  • 四一

注記 (17)

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