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本佐録と申書の事、元來題號も無之, 守家傳の本にも題號なし、奧の宛所は、本多阿波守殿と有り、正信の次男安, 流布の正信集に跋語あり、今左に記して、後來の參考に備ふ、加州本多安房, 夫仕たる事有やと御尋のとき、年來此事而已晝夜工夫仕、賢才の人に尋, 東遊、則正當台徳公幼少時也、然此册中有秀吉一代而亡之語、則非台徳公幼, 候、然處江戸にて流布の本には、本佐録と題し、京師に流布の本には、正信集, 治亂、國家の盛衰、人君の存亡、万民の苦樂は、いかなる所より起るそと、工, 爲幼君輔佐時、倩惺窩先生筆獻之也、幼君者台徳公也云、今按、惺窩文祿年中, 此書は家康公御家老本多佐渡守の述作也、台徳院殿秀忠公、或時天下の, と題號有之候、皆後人、名を命するものにして、此言の意義にも不叶候、京都, 少時也、可爲關原戰後大坂亂後之作也、册中説理通徹、述祠不滯、雖爲惺窩作, 房守政重、當時阿波守と稱するこや、不審なり、家譜に阿波守と云事不見、右, の跋語に曰、, 〔質問本佐録信疑事條〕, 不爲誣乎、故借源尚舍本、寫之、名曰治要七條、丁巳五月, 聞、又世上の人の上にてためし見候て、一つの道理を心に得候と御返答, 十一所收, ○白石叢書, 正信集ノ, 作ルトノ, 江戸ニテ, 跋文, 本佐録ヲ, ハ本佐録, 京ニテハ, 説, 正信集ト, 云フ, 元和二年六月七日, 一三六
割注
- 十一所收
- ○白石叢書
頭注
- 正信集ノ
- 作ルトノ
- 江戸ニテ
- 跋文
- 本佐録ヲ
- ハ本佐録
- 京ニテハ
- 説
- 正信集ト
- 云フ
柱
- 元和二年六月七日
ノンブル
- 一三六
注記 (30)
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