『大日本史料』 12編 26 元和二年雑載~元和三年三月 p.784

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

慶長の頃までは、江戸の傾城町處さだ匁らず、所々にありしうち、麹町八丁, の道三川岸の邊なりと云、是普通の説也、案るに事跡合考ニ云、今の京橋具, 足町の東、葦沼の汐入を築立て、傾城町とす、其地取丸くし、一方口にして、南, ば、京橋に傾城町ありし事あきらけし、具足町柳町の間の通りを、すへて今, 目、鎌倉川岸、大橋のうち柳町にあり、大橋は今の常盤橋の古名也、柳町は今, とならず, きも、高きもいやしきも、此道にふみまよひ、よし原町にあつまる事たゝこ, の片側をすみ町、北の片側を柳町と名づけ、中一筋の通りを中の町と名づ, 橋の北具足町につゞきて、柳町すみ町あり、兩町背を合せたる町也, く云々、是奇説也、此説によれば、慶長の頃の傾城町は、京橋の柳町歟、今猶京, 町は、京橋角町の傾城屋ども、此町にうつり住しゆゑに、しか名づくとあれ, なり、よるとなくひるとなく、はしのをととゝろき徃還たえす、老たるも若, 享保五年寫本の洞房語園に、吉原の角, に中通りと云も、昔中の町といひし名殘歟、道のほとりのふたもと柳、風に, 〔近世奇跡考〕下大橋柳町の考, すみなるゆゑにしかいふ歟、今は炭, 町とかく、私に竹町と云、竹屋おほノ, 聞集大抵同ジ、, ○下略、變長見, すみ町, は、町の, 中の町, 柳町, すみ町, 竹町, 大橋, 中通り, 元和三年三月是月, 七八四

割注

  • すみなるゆゑにしかいふ歟、今は炭
  • 町とかく、私に竹町と云、竹屋おほノ
  • 聞集大抵同ジ、
  • ○下略、變長見
  • すみ町
  • は、町の

頭注

  • 中の町
  • 柳町
  • すみ町
  • 竹町
  • 大橋
  • 中通り

  • 元和三年三月是月

ノンブル

  • 七八四

注記 (29)

  • 1296,632,71,2223慶長の頃までは、江戸の傾城町處さだ匁らず、所々にありしうち、麹町八丁
  • 1065,638,67,2219の道三川岸の邊なりと云、是普通の説也、案るに事跡合考ニ云、今の京橋具
  • 947,631,67,2228足町の東、葦沼の汐入を築立て、傾城町とす、其地取丸くし、一方口にして、南
  • 245,640,72,2222ば、京橋に傾城町ありし事あきらけし、具足町柳町の間の通りを、すへて今
  • 1181,631,68,2231目、鎌倉川岸、大橋のうち柳町にあり、大橋は今の常盤橋の古名也、柳町は今
  • 1536,627,49,271とならず
  • 1646,630,67,2218きも、高きもいやしきも、此道にふみまよひ、よし原町にあつまる事たゝこ
  • 831,637,66,2213の片側をすみ町、北の片側を柳町と名づけ、中一筋の通りを中の町と名づ
  • 596,631,68,2016橋の北具足町につゞきて、柳町すみ町あり、兩町背を合せたる町也
  • 713,633,69,2228く云々、是奇説也、此説によれば、慶長の頃の傾城町は、京橋の柳町歟、今猶京
  • 361,636,69,2219町は、京橋角町の傾城屋ども、此町にうつり住しゆゑに、しか名づくとあれ
  • 1770,633,61,2214なり、よるとなくひるとなく、はしのをととゝろき徃還たえす、老たるも若
  • 482,1700,63,1158享保五年寫本の洞房語園に、吉原の角
  • 132,649,66,2207に中通りと云も、昔中の町といひし名殘歟、道のほとりのふたもと柳、風に
  • 1398,584,91,1036〔近世奇跡考〕下大橋柳町の考
  • 514,640,44,1048すみなるゆゑにしかいふ歟、今は炭
  • 466,636,46,1032町とかく、私に竹町と云、竹屋おほノ
  • 1516,918,43,417聞集大抵同ジ、
  • 1561,919,42,409○下略、變長見
  • 638,2663,41,188すみ町
  • 593,2665,40,180は、町の
  • 839,274,42,123中の町
  • 734,272,44,83柳町
  • 693,275,39,125すみ町
  • 342,275,42,81竹町
  • 1187,274,42,82大橋
  • 153,276,40,127中通り
  • 1881,712,44,345元和三年三月是月
  • 1891,2388,43,125七八四

類似アイテム