『大日本史料』 12編 28 元和三年九月~同年十二月 p.68

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

業光朝臣、是は院中の間はかりなり、院參の人々は、西園寺内大臣實盆公は, の事、諸家へおほせいたはるゝ、其中に殿下より勘進せらるゝを定められ, 御簾乃御役、中御門大納言資胤卿、冷泉中納言爲滿卿、正親町三條中納言實, て、後陽成院と號し奉る、御葬禮の日は、傳奏三條大納言實條卿、奉行は頭辨, 有卿、西園寺中納言公盆卿、今出川中納言宣季卿、下官等、四辻宰相中將季繼, 奉る、御聲をきかぬはかりなり、日々にまいり、御燒香つかうまつる、御院號, ゝけ、竊に法華經讀誦乃事有、夜も明ぬれは、御手洗まいりぬ、御膳常の〓く, 卿、阿野宰相中將實顯卿、清閑寺宰相共房卿、中院宰相中將通村卿、白川二位, 々、右悉舊院皇子也、次院女中衆、何モ乘輿也、行粧如形、廬山寺内ニテ見物了、, 宮、次大覺寺宮、次妙法院宮、次一乘院宮、次大聖寺, 〔元和三年文月之記〕, 御追號後陽成院、御中陰在所般舟院、, さて御葬禮の事は、日えりして來る, 雅朝卿、水無瀬前宰相氏成卿、五辻左兵衞督之仲卿、時直朝臣、實秀朝臣、久脩, 廿日と聞遊る、其程は、元の御所にまします、御前僧よもすからともし火か, 次女三宮、次々々、次々, ○東京帝國, ○上略、御發病及ビ崩御ノコトニカ, 丘尼, ル、八月五日、八月二十六日ノ條ニ收ム, 大學所藏, 御比, 元和三年九月二十日, 六八

割注

  • ○東京帝國
  • ○上略、御發病及ビ崩御ノコトニカ
  • 丘尼
  • ル、八月五日、八月二十六日ノ條ニ收ム
  • 大學所藏
  • 御比

  • 元和三年九月二十日

ノンブル

  • 六八

注記 (24)

  • 689,656,73,2196業光朝臣、是は院中の間はかりなり、院參の人々は、西園寺内大臣實盆公は
  • 919,660,73,2192の事、諸家へおほせいたはるゝ、其中に殿下より勘進せらるゝを定められ
  • 573,661,70,2199御簾乃御役、中御門大納言資胤卿、冷泉中納言爲滿卿、正親町三條中納言實
  • 805,658,73,2197て、後陽成院と號し奉る、御葬禮の日は、傳奏三條大納言實條卿、奉行は頭辨
  • 457,660,73,2193有卿、西園寺中納言公盆卿、今出川中納言宣季卿、下官等、四辻宰相中將季繼
  • 1039,655,75,2204奉る、御聲をきかぬはかりなり、日々にまいり、御燒香つかうまつる、御院號
  • 1156,655,72,2197ゝけ、竊に法華經讀誦乃事有、夜も明ぬれは、御手洗まいりぬ、御膳常の〓く
  • 344,663,73,2196卿、阿野宰相中將實顯卿、清閑寺宰相共房卿、中院宰相中將通村卿、白川二位
  • 1739,650,69,2211々、右悉舊院皇子也、次院女中衆、何モ乘輿也、行粧如形、廬山寺内ニテ見物了、
  • 1857,642,66,1422宮、次大覺寺宮、次妙法院宮、次一乘院宮、次大聖寺
  • 1480,603,109,666〔元和三年文月之記〕
  • 1623,650,65,1069御追號後陽成院、御中陰在所般舟院、
  • 1401,1789,61,1062さて御葬禮の事は、日えりして來る
  • 232,665,72,2196雅朝卿、水無瀬前宰相氏成卿、五辻左兵衞督之仲卿、時直朝臣、實秀朝臣、久脩
  • 1274,650,70,2201廿日と聞遊る、其程は、元の御所にまします、御前僧よもすからともし火か
  • 1866,2216,61,625次女三宮、次々々、次々
  • 1544,1299,42,325○東京帝國
  • 1420,656,48,1090○上略、御發病及ビ崩御ノコトニカ
  • 1856,2083,38,115丘尼
  • 1378,663,48,1099ル、八月五日、八月二十六日ノ條ニ收ム
  • 1499,1302,42,248大學所藏
  • 1898,2084,40,111御比
  • 1972,715,46,383元和三年九月二十日
  • 1986,2466,45,82六八

類似アイテム