『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.295

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有無を尋ねしめたり、, 地の他の紳士、彼と同伴して來り、予及び他の英商館員一同を二日後の午, 進み得ざる由なり、, 町より一リーグなる河内の碇泊所に著し、ジョン・ヨーセンは、平戸の對岸, したりと報ぜり、, 予は、セーヤー君をして、酒一バルソー、牝鷄三羽を持參して、ジョン・ヨーセ, ンのジャンク船に赴かしめ、船長の歡迎の辭を述べ、我等に宛てし書翰の, 一リーグなる田助に著せり、, 長崎の他のジャンク船は、彼と共に出帆して、海上を同行せしが、此航路を, 夜遲く、オランダのジャンク船、平戸の, 二十八日、, 又夜に入りて、キャプテン・アダムスは、予に、昨年交趾支那より東埔寨に赴, クラテス王の下僕ヂユビョー殿、予を來訪して、諸白一樽を持參せり、又同, 二十九日、, センのジャンク船平戸に入港せり、, けるジョン・ヨーセンの小ジャンク船は、昨今唐津の名護屋附近の港に著, 正午頃、柬埔寨より來りしジョン・ヨー, 和四年五月十七日ニ當ル, 和四年五月十六日ニ當ル, ○新暦七月九日ニシテ、元, ○新暦七月八日ニシテ、元, ○中, 略, 商船交趾, すてんノ, 支那ヨリ, やんよー, 同船平戸, 名護屋ニ, 入港ス, ニ入港ス, 元和四年雜載, 二九五

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  • 和四年五月十七日ニ當ル
  • 和四年五月十六日ニ當ル
  • ○新暦七月九日ニシテ、元
  • ○新暦七月八日ニシテ、元
  • ○中

頭注

  • 商船交趾
  • すてんノ
  • 支那ヨリ
  • やんよー
  • 同船平戸
  • 名護屋ニ
  • 入港ス
  • ニ入港ス

  • 元和四年雜載

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  • 二九五

注記 (33)

  • 518,649,56,637有無を尋ねしめたり、
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