『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.676

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

いたし候段咄候を、堀内傳衞門承候由也、廣嶋之城追手の門不斷明有, 御座候、右之通故、頂戴のうつらを良久敷手にうけ居候而、あつく難儀, 考こ、廣嶋の城渡候事、福嶋丹波壹人の事のみ諸書こ見へ、上月ろ事, こ而、くさすつき候由、其外色々文衞門心を付候事多有之候と也、, 他本こ而は見當不申候、丹波は家老なる故、城りたし候こ付而は、諸, と而、武功迄こもなく、思慮ふかき者こ可申付事と存候、出羽き若く候, 之候こ付、三日油をひたし、漸々明立いたし候、數年立明なきろなもの, キと云ふ事見へ申候、乍然城代き上月こ被申付置たるなるへし、, 間、能々承置候へと、對馬守其外誰々も被申聞候と、委細筑後ニ御物語, 申所迄一々心をつけ、殘る所なき樣子こ候つる、城代き就中大事の役, ゝのとき、重信、永井右近大夫直勝とおなしく御使を奉はり、男重長をよひ, 事の裁判勿論こ而、既こ寛永九年、三齋君之御書こも、丹波か仕方宜, 安藤重信, 〔寛政重修諸家譜〕, 西國の諸勢を率ゐて、安藝國廣嶋に發向し、先備中國笠岡に至り、使者をし, 五年、福嶋正則罪ありて、國除な, 元和五年六月二日, 千百, 十四, 略、八, 對馬, ○中, 右衞門子孫ノコト, ニカヽル、下ニ收ム、, 守, 文右衞門, ヲ稱讚ス, 安藤重信, 重信廣島, 城ヲ請取, 元和五年六月二日, 六七六

割注

  • 千百
  • 十四
  • 略、八
  • 對馬
  • ○中
  • 右衞門子孫ノコト
  • ニカヽル、下ニ收ム、

頭注

  • 文右衞門
  • ヲ稱讚ス
  • 安藤重信
  • 重信廣島
  • 城ヲ請取

  • 元和五年六月二日

ノンブル

  • 六七六

注記 (32)

  • 1325,803,60,2039いたし候段咄候を、堀内傳衞門承候由也、廣嶋之城追手の門不斷明有
  • 1438,790,64,2064御座候、右之通故、頂戴のうつらを良久敷手にうけ居候而、あつく難儀
  • 867,857,64,1990考こ、廣嶋の城渡候事、福嶋丹波壹人の事のみ諸書こ見へ、上月ろ事
  • 1097,799,64,1912こ而、くさすつき候由、其外色々文衞門心を付候事多有之候と也、
  • 750,863,64,1987他本こ而は見當不申候、丹波は家老なる故、城りたし候こ付而は、諸
  • 1668,795,60,2045と而、武功迄こもなく、思慮ふかき者こ可申付事と存候、出羽き若く候
  • 1211,790,61,2053之候こ付、三日油をひたし、漸々明立いたし候、數年立明なきろなもの
  • 521,872,63,1919キと云ふ事見へ申候、乍然城代き上月こ被申付置たるなるへし、
  • 1552,785,61,2057間、能々承置候へと、對馬守其外誰々も被申聞候と、委細筑後ニ御物語
  • 1782,789,58,2054申所迄一々心をつけ、殘る所なき樣子こ候つる、城代き就中大事の役
  • 281,660,67,2183ゝのとき、重信、永井右近大夫直勝とおなしく御使を奉はり、男重長をよひ
  • 636,865,63,1984事の裁判勿論こ而、既こ寛永九年、三齋君之御書こも、丹波か仕方宜
  • 407,1438,57,270安藤重信
  • 382,602,97,571〔寛政重修諸家譜〕
  • 168,655,67,2197西國の諸勢を率ゐて、安藝國廣嶋に發向し、先備中國笠岡に至り、使者をし
  • 410,1945,60,905五年、福嶋正則罪ありて、國除な
  • 1895,717,42,338元和五年六月二日
  • 432,1227,45,111千百
  • 390,1227,38,110十四
  • 1091,2728,40,110略、八
  • 439,1731,38,114對馬
  • 1134,2730,41,107○中
  • 1009,798,43,546右衞門子孫ノコト
  • 968,804,42,543ニカヽル、下ニ收ム、
  • 394,1733,41,49
  • 1779,283,43,172文右衞門
  • 1734,288,41,162ヲ稱讚ス
  • 1823,284,43,172安藤重信
  • 443,293,41,168重信廣島
  • 398,293,41,167城ヲ請取
  • 1895,717,42,338元和五年六月二日
  • 1899,2379,41,121六七六

類似アイテム