Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
し、一方便可仕と被仰候、然處に、鹿兒嶋より兵粮を平出水え運ひ候とて、, 年嶋津勢失勝利候事、偏に武略の拙き故也、於此度は、隨分敵をおひき出, 候へは、嶋津勢去年の敗軍を仕返し申さんとて、三ケ國の勢大略集り候, 數を盡して出可申候、圓通寺近所に伏草を仕候へ、相良勢を眞中に入立、, 口の城より、兵粮運送の人夫を見候て、いさ此兵粮を追落して取んと申, 人夫數百人、兵粮を馬にて、圓通寺きふかるいと申所を、さゝめき渡りく, 罷通り候を、中書御覽候て、此兵粮を奪取可申とて、定而大口城ゟ相良勢, 間、三千餘の勢、道を中に置、網の手を廻し致伏草、鳴を靜めて待居候處、大, 時刻能候半時、相圖の螺次第に臥草を起し候へと、いかにも懇に被仰付, なり、御馬は長け七キ計りなる市來野の月毛の駒、金覆輪の鞍置さ、御身, 平出水に在城、大口之當番, は、東伊勢守にて候、組中の歴々雜兵千之積にて在番也、中書被仰候は、去, 永祿十二己巳年、嶋津中務大輔家久, 輕氣こ被召た5は、誠ニ大聖摩利支天も、かくやと申計也、, く、各打立申候、小田八郎右衞門申候は、中書殿去年之負軍を仕返し可有, 一大口砥上合戰之事, 〔歴代參考〕, 永祿十二年五月六日, 義久四番, めノ弟、, 義陽公, 三, 小田八郎, 右衞門ノ, 諫言, 四九四
割注
- 義久四番
- めノ弟、
- 義陽公
- 三
頭注
- 小田八郎
- 右衞門ノ
- 諫言
ノンブル
- 四九四
注記 (26)
- 1098,751,64,2146し、一方便可仕と被仰候、然處に、鹿兒嶋より兵粮を平出水え運ひ候とて、
- 1210,749,64,2135年嶋津勢失勝利候事、偏に武略の拙き故也、於此度は、隨分敵をおひき出
- 515,745,66,2132候へは、嶋津勢去年の敗軍を仕返し申さんとて、三ケ國の勢大略集り候
- 754,748,66,2142數を盡して出可申候、圓通寺近所に伏草を仕候へ、相良勢を眞中に入立、
- 269,751,66,2126口の城より、兵粮運送の人夫を見候て、いさ此兵粮を追落して取んと申
- 982,750,66,2127人夫數百人、兵粮を馬にて、圓通寺きふかるいと申所を、さゝめき渡りく
- 867,747,66,2137罷通り候を、中書御覽候て、此兵粮を奪取可申とて、定而大口城ゟ相良勢
- 394,745,65,2133間、三千餘の勢、道を中に置、網の手を廻し致伏草、鳴を靜めて待居候處、大
- 640,749,67,2131時刻能候半時、相圖の螺次第に臥草を起し候へと、いかにも懇に被仰付
- 1790,751,66,2124なり、御馬は長け七キ計りなる市來野の月毛の駒、金覆輪の鞍置さ、御身
- 1448,2110,58,770平出水に在城、大口之當番
- 1326,757,64,2126は、東伊勢守にて候、組中の歴々雜兵千之積にて在番也、中書被仰候は、去
- 1442,751,61,1059永祿十二己巳年、嶋津中務大輔家久
- 1676,752,66,1714輕氣こ被召た5は、誠ニ大聖摩利支天も、かくやと申計也、
- 145,754,71,2126く、各打立申候、小田八郎右衞門申候は、中書殿去年之負軍を仕返し可有
- 1562,1344,59,605一大口砥上合戰之事
- 1537,636,98,350〔歴代參考〕
- 1905,749,44,380永祿十二年五月六日
- 1475,1829,43,252義久四番
- 1434,1830,40,191めノ弟、
- 1546,1038,40,184義陽公
- 1589,1042,42,37三
- 206,324,41,164小田八郎
- 163,321,41,162右衞門ノ
- 115,325,43,78諫言
- 1913,2467,40,123四九四







