『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.712

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晴信又中塔の城にとりらけて、あひたゝかふ乃所に、, 城中追手のさふらひ大將二木良馬にのりてろけめくるを、飯富手より, る、長時城中の二千餘の人數を引ゐくうち出、采拜をとりて、諸勢を下知, たひとは武具ろ、馬具か、兵粮か、のそみによるへしといふ、二木かいはく、, たすして、中塔にとりろけ、惣手をそろへて、中塔の山八分まてせめのほ, 間のありさまを見さたむへしと、一途にいさむるの間、一家を引くして, 賣買の作法是あり、あたひ下物によりて賣べしとこたふ、又問くるは、あ, 是を見て、その馬もし賣べしやととひ々れは、いにしへより陣中にても, 中塔にこもり、長時、二木と相はろりて、所々の手りけを定む、晴信數日を, し、切くのすゆへ、晴信、小室原にいたりて敗北す、長時にくるをおふく、敵, へ、謀反人山邊、三村、仁科、坂西、嶋立等弓矢兵粮をおくりて陳謝す、, 二百餘をうちとる間、晴信馬を引入、中塔の合戰も、又長時勝利を得るゆ, はかりに〓、五三年の間の兵粮をこめ置、弓矢等を用意して、しはらく世, りのあたひの事にはあらす、逆心の輩三村、山邊ならひに晴信か首をり, 天正十一年二月二十五日, ○寛政, 義輝よりも、答書を, 重修諸, 與へらるトアリ、, 家譜長時譜、コノ次ニ、是年、刺髪して、湖雲齋と號し、七月五日、光源院義輝, のよつきを賀せんか爲、伊勢伊勢守貞興について、太刀馬を獻せしかは, ニ籠ル, 晴信中洞, 長時中洞, ヲ攻ム, 下物, 七一二

割注

  • ○寛政
  • 義輝よりも、答書を
  • 重修諸
  • 與へらるトアリ、
  • 家譜長時譜、コノ次ニ、是年、刺髪して、湖雲齋と號し、七月五日、光源院義輝
  • のよつきを賀せんか爲、伊勢伊勢守貞興について、太刀馬を獻せしかは

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  • ニ籠ル
  • 晴信中洞
  • 長時中洞
  • ヲ攻ム
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  • 七一二

注記 (27)

  • 727,1212,57,1564晴信又中塔の城にとりらけて、あひたゝかふ乃所に、
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