『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.743

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状に加判可致と有しを、對馬守申は、明日之状にす加判有へし、今日の状, 事也、是にて〓之埓明、其通に致し入替まり、其翌日、寄手の大將頓死之由, は、台徳院樣上意にす、被申候〓く、近年軍無之、何〓若き者鈍く成候に、一, 申來りぬ、若城之云に任せて延引せは、城を持かへすべ發事危き處也と, 箱に腰を掛、繪圖をひろげ、大名の家老共を呼寄、則番所寄口を渡、夫濟て, 云咄なともあれは、唯今夜請取可然に究り、夫なり大手之町口へ出て、挾, 物は札を付て、大手向寄次第こ可被出、則夫程乃あたいに買取らんとの, 也、安藤剛操、永井作略、取々之事也、此節嘉明一番、森右近二の手に究り、嘉, にす御無用に候、唯今御出にて御請取とは被申間敷と有て、加判無之と, 明何〓不構に備を立て〓り、嘉明、其身は柿帷子計にて、團扇にて、下知ふ, 遲き故に別人を申付、本城へ入り、又飛脚を江戸へ遣すの處、本多參著、此, り見事に有しと也、, 城へ入り、則江戸へ注進あり、此時本丸は本多美濃守請取之筈なれとも、, 一此時分珍敷雲立申候こ付、慈眼大師、御前にて、目出度雲之由被申上候得, き)さる間も、一兩日待給はれ)と云しを、寄手の方より云送るは、下々の荷, 元和五年六月二日, 取ノ列ニ, 嘉明ノ風, 忠政遲參, シテ城請, 采, 京都ニ奇, 入ラズ, 雲現ル, 元和五年六月二日, 七四三

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  • 取ノ列ニ
  • 嘉明ノ風
  • 忠政遲參
  • シテ城請
  • 京都ニ奇
  • 入ラズ
  • 雲現ル

  • 元和五年六月二日

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  • 七四三

注記 (26)

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