『大日本史料』 12編 34 元和六年七月~同年閏十二月 p.273

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號す、, て、瑞雲山と號し、京の妙心寺末寺也、, 登國總持寺の末寺也、, 寺領, 寺領, 萬松寺南寺町にありて、龜岳山と號し、能, 寺領, 〔尾張志〕, 長久寺長久寺筋にありて、東岳山一乘院と, 總見寺門前町の東側にありて、景陽山と號し、京の妙心寺末寺也、, 寺領, 〔尾張志〕, 〔尾張志〕, 元和六年九月一日, 政秀寺門前町の東裏なる東側にあり, 郡寺野村、, 百石、春日井, 二百石、信長公の時、追々に八百貫文の地まで賜ひしが、中頃亡失せ, しを、信雄公、二、百貫文の地を寄附せらる、其後秀吉公、二百五十九石, 三百二十六石になりぬ、秀吉公も其〓ゝにて朱印を賜ひしが、のち, ○中, 百石を増附したまひしは、貞松院女君, につかに三百石になりて、丹羽郡南山名村を領せり、忠吉君も、, 寸院上禪宗臨濟派, 鹽尻に、文祿四年九月廿一日、秀吉、五百六十九石七斗七升御〓印、慶, 先規によリて、三百石の御朱印をたまひ、今に至る迄替る〓なし, 長己年五月廿日、忠吉君、愛智郡名古屋村三百石御朱印、元和六年九, ハ信雄公、はじめて若干を賜ひ、其後信長公の年忌ごとに加増して、千, 六名古屋, 六名古屋, ○中, の香火の道場としたまへるゆしなり, 月朔日、慶安五年正月廿三日、二百石御寄附、是, 六名古屋, の地を賜ひしかど、是も亦中絶す、忠吉君百石〓附し給ひしまゝにて、源, ○中, 略, 略, 略, 敬〓の御時も同じさまなりしり、端龍院君の御時、貞享二年二月八日に、, 寺院上同曹洞派, 寺院上眞言宗, 略, ○中, は愛智郡古井村のうちにて賜ふと見えたり、, (譯宗), (義利側賓津田氏)(徳川光友, (織田, 寺院上, ○, 二七三

割注

  • 郡寺野村、
  • 百石、春日井
  • 二百石、信長公の時、追々に八百貫文の地まで賜ひしが、中頃亡失せ
  • しを、信雄公、二、百貫文の地を寄附せらる、其後秀吉公、二百五十九石
  • 三百二十六石になりぬ、秀吉公も其〓ゝにて朱印を賜ひしが、のち
  • ○中
  • 百石を増附したまひしは、貞松院女君
  • につかに三百石になりて、丹羽郡南山名村を領せり、忠吉君も、
  • 寸院上禪宗臨濟派
  • 鹽尻に、文祿四年九月廿一日、秀吉、五百六十九石七斗七升御〓印、慶
  • 先規によリて、三百石の御朱印をたまひ、今に至る迄替る〓なし
  • 長己年五月廿日、忠吉君、愛智郡名古屋村三百石御朱印、元和六年九
  • ハ信雄公、はじめて若干を賜ひ、其後信長公の年忌ごとに加増して、千
  • 六名古屋
  • の香火の道場としたまへるゆしなり
  • 月朔日、慶安五年正月廿三日、二百石御寄附、是
  • の地を賜ひしかど、是も亦中絶す、忠吉君百石〓附し給ひしまゝにて、源
  • 敬〓の御時も同じさまなりしり、端龍院君の御時、貞享二年二月八日に、
  • 寺院上同曹洞派
  • 寺院上眞言宗
  • は愛智郡古井村のうちにて賜ふと見えたり、
  • (譯宗)
  • (義利側賓津田氏)(徳川光友
  • (織田
  • 寺院上

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  • 二七三

注記 (51)

  • 1769,641,60,138號す、
  • 1422,651,68,1051て、瑞雲山と號し、京の妙心寺末寺也、
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