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號す、, て、瑞雲山と號し、京の妙心寺末寺也、, 登國總持寺の末寺也、, 寺領, 寺領, 萬松寺南寺町にありて、龜岳山と號し、能, 寺領, 〔尾張志〕, 長久寺長久寺筋にありて、東岳山一乘院と, 總見寺門前町の東側にありて、景陽山と號し、京の妙心寺末寺也、, 寺領, 〔尾張志〕, 〔尾張志〕, 元和六年九月一日, 政秀寺門前町の東裏なる東側にあり, 郡寺野村、, 百石、春日井, 二百石、信長公の時、追々に八百貫文の地まで賜ひしが、中頃亡失せ, しを、信雄公、二、百貫文の地を寄附せらる、其後秀吉公、二百五十九石, 三百二十六石になりぬ、秀吉公も其〓ゝにて朱印を賜ひしが、のち, ○中, 百石を増附したまひしは、貞松院女君, につかに三百石になりて、丹羽郡南山名村を領せり、忠吉君も、, 寸院上禪宗臨濟派, 鹽尻に、文祿四年九月廿一日、秀吉、五百六十九石七斗七升御〓印、慶, 先規によリて、三百石の御朱印をたまひ、今に至る迄替る〓なし, 長己年五月廿日、忠吉君、愛智郡名古屋村三百石御朱印、元和六年九, ハ信雄公、はじめて若干を賜ひ、其後信長公の年忌ごとに加増して、千, 六名古屋, 六名古屋, ○中, の香火の道場としたまへるゆしなり, 月朔日、慶安五年正月廿三日、二百石御寄附、是, 六名古屋, の地を賜ひしかど、是も亦中絶す、忠吉君百石〓附し給ひしまゝにて、源, ○中, 略, 略, 略, 敬〓の御時も同じさまなりしり、端龍院君の御時、貞享二年二月八日に、, 寺院上同曹洞派, 寺院上眞言宗, 略, ○中, は愛智郡古井村のうちにて賜ふと見えたり、, (譯宗), (義利側賓津田氏)(徳川光友, (織田, 寺院上, ○, 二七三
割注
- 郡寺野村、
- 百石、春日井
- 二百石、信長公の時、追々に八百貫文の地まで賜ひしが、中頃亡失せ
- しを、信雄公、二、百貫文の地を寄附せらる、其後秀吉公、二百五十九石
- 三百二十六石になりぬ、秀吉公も其〓ゝにて朱印を賜ひしが、のち
- ○中
- 百石を増附したまひしは、貞松院女君
- につかに三百石になりて、丹羽郡南山名村を領せり、忠吉君も、
- 寸院上禪宗臨濟派
- 鹽尻に、文祿四年九月廿一日、秀吉、五百六十九石七斗七升御〓印、慶
- 先規によリて、三百石の御朱印をたまひ、今に至る迄替る〓なし
- 長己年五月廿日、忠吉君、愛智郡名古屋村三百石御朱印、元和六年九
- ハ信雄公、はじめて若干を賜ひ、其後信長公の年忌ごとに加増して、千
- 六名古屋
- の香火の道場としたまへるゆしなり
- 月朔日、慶安五年正月廿三日、二百石御寄附、是
- の地を賜ひしかど、是も亦中絶す、忠吉君百石〓附し給ひしまゝにて、源
- 略
- 敬〓の御時も同じさまなりしり、端龍院君の御時、貞享二年二月八日に、
- 寺院上同曹洞派
- 寺院上眞言宗
- は愛智郡古井村のうちにて賜ふと見えたり、
- (譯宗)
- (義利側賓津田氏)(徳川光友
- (織田
- 寺院上
- ○
ノンブル
- 二七三
注記 (51)
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