『大日本史料』 12編 45 元和八年六月~同年七月 p.236

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けり、, 〔高野山通念集, あとをつのりもとめ給ふに、幸イ西光院の靈地なることをきこしめし、主翁に乞ひ求て、, 代相添、御供御介添の人こ、五日も十日も、目をなきはらしてそ居られけり、寶圓寺伴, それより御寺御造營有て、則天徳寺と號し、關東より、泉滴和尚を請招有て、五百石寺, るゝ〓に、袖をあてゝ、見奉る事もならばこそ、夢うつゝともわきまへす、それより又, 也、元和八壬戌年七月三日、御他界あり、其御遺髮・骨等を此山ニ納め給はん爲、名監之, 仰付、郡中より野菜等を持はこひ、百日之御賄中おひたゝ敷次第共、申はかりはなかり, 抑、此天徳院と申奉るは、加能越三州大守利常公之君夫人にて、大相國台徳院殿の御女, 翁和尚の次尊、雲堯和尚道師之て、御改名は、天徳院殿乾運淳貞大禪定尼と號し奉る、, 領付させられて、孝養修行申はかりなし、第三年忌には、百五十人の大衆にて、江湖被, 此院を建立し、同年秋九月に號を改て、天徳院と名づけ給ひ、捧花・燒香等之供養なか, いたゝき給へは、御供の人こも、幾千萬の拜衆も、一同に聲を上てなきけれは、なか, 御乘にめされ、火屋まて御座被成、式次第相濟、御燒香こそなされけれ、いつれも御名, 西光院谷附天徳院之事, ○金澤市立圖書館所藏, 卷四, 石ヲ附ス, シ寺領五百, 巨山泉滴, 天徳寺ヲ創, 高野山西光, 院跡ニ天徳, 三年忌, 院ヲ建立ス, 戒名, 火屋, 兀和八年七月三日, 二三六

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  • ○金澤市立圖書館所藏
  • 卷四

頭注

  • 石ヲ附ス
  • シ寺領五百
  • 巨山泉滴
  • 天徳寺ヲ創
  • 高野山西光
  • 院跡ニ天徳
  • 三年忌
  • 院ヲ建立ス
  • 戒名
  • 火屋

  • 兀和八年七月三日

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  • 二三六

注記 (29)

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