『大日本史料』 5編 23 宝治元年10月~同年12月 p.256

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もやと思て、しきりに弊房へ請し入たりしとそ、人にはかたられける、僧衆いつしか, るへからす、聖徳太子、當寺不斷念佛の四和尚は上人の弟子なりとおほせられけるを、, その名字をたつね申さむとするに、夢さめぬと、祖師のかたり給ひける四和尚の門弟, るうへ、本願良忍上人の戒法傳持のよし、きこしめしをよふ事なれはとて、綸旨をな, をよひしかは、御治天のはしめ、いそき御沙汰ありて、示導上人、顯密の智徳も譽あ, 邊にて對面せしに、面〓つねの人にことなる樣に見えしかは、もし祖師上人の再誕に, 風徳に靡きて、師匠をゝきて、寺務をもせさせ申さはやといふ程のさたにをよひけり、, とは、おそらくは先師上人の事なるへし、同位二人の遺文につきて、その本意をひろ, めらるへき事を、かねてしめし給けるにこそ、玄觀上人申されけるは、最初に靜房の, 後醍醐院龍樓の御時より、大原來迎院に長老のあらそひいてきて、一寺すてに滅亡に, さすかに觀上人無念なる意氣見えけれは、かた〳〵むつかしにて、しはらく當山の交, 衆を辭して、城北雲林院の邊にそ閑居せられける、, とを詮とするよしを申されしかは、間世の門葉なりといへとも、面受の直弟にことな, 略ス、, ○繪, 邊ニ閑居ス, 西出ヲ去リ, テ雲林院ノ, 大原來迎院, ニ住ス, 寶治元年十一月二十六日, 二五六

割注

  • 略ス、
  • ○繪

頭注

  • 邊ニ閑居ス
  • 西出ヲ去リ
  • テ雲林院ノ
  • 大原來迎院
  • ニ住ス

  • 寶治元年十一月二十六日

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  • 二五六

注記 (22)

  • 1094,706,55,2162もやと思て、しきりに弊房へ請し入たりしとそ、人にはかたられける、僧衆いつしか
  • 1708,704,56,2188るへからす、聖徳太子、當寺不斷念佛の四和尚は上人の弟子なりとおほせられけるを、
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