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のときなり、當時諫早の統治者は、神田又兵衞なりき、, を建て、また師父等のために居間を造れり、靈魂の救濟に心を碎き、祈祷に從事すること, 有馬に於けるキリスト教の歩調は良好なりき、この地には、我が司祭五名あり、家々に私, けり、その地にて、我が徒の援助によりて洗禮を受け、あらゆる善徳の生きたる模範とな, に多くの祈祷所を設け、週に一度、キリシタン等はそこに會合して、至聖なる祕蹟を受け、, 向ひて、キリストの信仰を説教し、數多の忠告を受けしも、これが非を悟り、これを矯正せ, んと欲せざりしにより、斬首せられたりと、この光榮ある殉教者は、肥後の國なるサンガ, れ、次の如き高札を附せられたり、この者は獨りキリシタンたるのみならず、他の人々に, れり、それより諫早に到り、多年この地に留まれり、その家の最も奧まれる場所に禮拜堂, 高來及び附近の島々のキリシタンのこと, 多くの榮譽を與へられしが、悉くこれを辭して、縁者に讓り、救靈の道を求めて長崎に赴, 冠を加へられたるは、一六二一年六月二十五日, 多く、喜びて自らの身體を責め、貧者と囚人とに對しては、極めて寛容なりき、彼が殉教の, 地方のカンコワラに生れ、貴人を兩親とせり、青年のとき、その國の領主鍋島信濃守より, 金曜日にして、彼が四十二歳, ○元和七年五, 月六日ニ當ル, 履〓, 神田又兵衞, シ長崎ニ赴, 肥前高來地, 諫早ニ抵ル, 領主鍋島勝, れおしねノ, 禮拜堂ヲ建, 方ノ布教状, 茂ノ許ヲ辭, 受洗ス, 況, ツ, 元和七年是歳, 三九
割注
- ○元和七年五
- 月六日ニ當ル
頭注
- 履〓
- 神田又兵衞
- シ長崎ニ赴
- 肥前高來地
- 諫早ニ抵ル
- 領主鍋島勝
- れおしねノ
- 禮拜堂ヲ建
- 方ノ布教状
- 茂ノ許ヲ辭
- 受洗ス
- 況
- ツ
柱
- 元和七年是歳
ノンブル
- 三九
注記 (32)
- 617,620,63,1284のときなり、當時諫早の統治者は、神田又兵衞なりき、
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- 1221,611,64,2190けり、その地にて、我が徒の援助によりて洗禮を受け、あらゆる善徳の生きたる模範とな
- 253,623,72,2152に多くの祈祷所を設け、週に一度、キリシタン等はそこに會合して、至聖なる祕蹟を受け、
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- 1827,611,65,2181れ、次の如き高札を附せられたり、この者は獨りキリシタンたるのみならず、他の人々に
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