『大日本史料』 12編 44 元和八年正月~同年六月 p.219

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候、若なく候はゝ、常のかやを用意いたし、可指置候、則申付きりくませ可申候、以, 候、石二すへ候て、上はくづやニこしらへ可申候、はりはおもての藏のほとユ、長サ, 三十間分きりくませ、差置可申候、かやは、あしかや候はゝ、あしかやぶき二すへく, 越前宰相殿江戸へ御下之儀、先達而唱候分は、今月十日時分ニ越前を御立候樣二唱候か、, 置候、おもて二ある藏のことく二きりくませへく候、五六寸ほとも柱を長く高く可致, 〔天英公御書寫〕〓梅津本, 又相延候由二候、依之奧之衆御暇も不出かと推量、, 越前宰相殿は免角御下向有間敷と、下こ此中之取さたにて候、左樣ニ候はゝ、いかんと可, 被仰出候哉、更ニ不知儀にて候、依之御暇も未出羽・奧州衆へは不出かと推量にて候、〓, 〔天英公御書寫〕〓梅津本, 上、, 元和八年三月五日, ○上下略、三月二十四日附、梅津憲忠宛、佐, 竹義宣書状、全文ハ年末雜載法制・訴訟ノ, 下略、秀忠、下野日光山東照社參詣ノコトニカヽル、四月二日, 附、梅津憲忠宛、佐竹義宣書状、全文ハ四月十三日ノ條ニ收ム、, 收ム、, 條ニ, ○梅津本, 下々ノ取沙, 期ヲ延バス, 忠直參府ノ, トス, 汰, 造セシメン, 二一九

割注

  • ○上下略、三月二十四日附、梅津憲忠宛、佐
  • 竹義宣書状、全文ハ年末雜載法制・訴訟ノ
  • 下略、秀忠、下野日光山東照社參詣ノコトニカヽル、四月二日
  • 附、梅津憲忠宛、佐竹義宣書状、全文ハ四月十三日ノ條ニ收ム、
  • 收ム、
  • 條ニ
  • ○梅津本

頭注

  • 下々ノ取沙
  • 期ヲ延バス
  • 忠直參府ノ
  • トス
  • 造セシメン

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  • 二一九

注記 (26)

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