『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.260

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末嚴にして且つ清貧に甘んじ、我等のパードレ聖フランシスコの規律を遵守し、祈りに, も、職務及び人々の改宗にも、大いなる熱意を示し、且つ幾多の美徳によりて飾られた, り、彼等の永久に盡くる事無きを余は想ひも寄らざりき、と、次いで、當時日本のフラ, は布教に當る司牧者たるパードレ等の多數殘存するを知るや、己が運命を〓嘆して曰へ, 國に於て短き期間の内に四人の司祭の殉教せし事、同地のキリスト教徒等の〓に棄教せ, し者あり、又痛く窮迫する者あるを以て彼等に祕蹟を授け彼等を激勵し且つ慰撫すべき, て信仰に就き説教せし廉を以て捕縛せられ、且つ棄教者たる同じ殿により殉教せり、殿, 者完く一人も殘らざる事、竝びに、斯かる殉教にも拘らず彼等は猶ほも極めて熱意を保, ンシスコ會の遣外管區長にして長崎に在りしフライ・アポリナリオ・フランコは、同領, り、彼の捕縛の有樣は以下の如くなりき、フライ・ペドロ・デ・ラ・アスンプシオン及, ち居るが故に同じキリスト教徒等はデウスの許に立歸らんが爲め人を遣はして聽罪司祭, の兩聖者の殉教ありて後、聖アウグスティノ會のフライ・エルナンド・, デ・サン・ホセフ及び聖ドミンゴ會のフライ・アロンソ・デ・ナバルレテは同領國に於, 害せり, びパードレ・フアン・バプティスタ〔此の人をば、〓に述べし如く、大村の殿〓, は迫, ○元和三ノ, 純頼, 年三月、, ○大村, de s. ioseph), 盡キザルヲ, ーどれ等ノ, 大村純頼ぱ, 嘆ク, 元和八年八月五日, 二六〇

割注

  • ○元和三ノ
  • 純頼
  • 年三月、
  • ○大村
  • de s. ioseph)

頭注

  • 盡キザルヲ
  • ーどれ等ノ
  • 大村純頼ぱ
  • 嘆ク

  • 元和八年八月五日

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  • 二六〇

注記 (27)

  • 1803,684,62,2232末嚴にして且つ清貧に甘んじ、我等のパードレ聖フランシスコの規律を遵守し、祈りに
  • 1687,683,61,2239も、職務及び人々の改宗にも、大いなる熱意を示し、且つ幾多の美徳によりて飾られた
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