『大日本史料』 12編 50 元和八年十一月~同年是歳 p.29

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ときは、のりかへに中間を貳人つゝつけありき申候事、, は不仕候、其時三百俵の加増取申候、いまにかんさいと申人被存候、, 拾六の年鑓仕り、てきにも手を仰、拙者もてをおい申候、てきたいぐんに候間、高名, 名仕り候、此時も右兩人立合申候、久敷事ニ候間、證跡人すくなく候、, 一景勝小出と申城御せめ候時、ゆみの庄へ御はたらき候、城下ニ取合一戰御座候、拙者, 一荒城と申しろせめ申時、十七にて一番高名仕り候、加賀ニ有り候采女、高田ニ有候栃, こはらう人なみに少〻かうりよくをうけ、此中はらう人仕罷有候、いつかたへも參候, 一池田と申城ニ山きし門兵衞と申ものむほんを仕り、佐〻藏介殿へ出申時、おいわり高, 屋半右衞門、只今のかん齋被存候、, 覺, 諸士覺書田中所藏之二, 年は四拾八、, 藤田丹波, 藤田丹波, 元和八年十一月是月, 二九

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  • 藤田丹波

  • 元和八年十一月是月

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  • 二九

注記 (16)

  • 1774,733,57,1388ときは、のりかへに中間を貳人つゝつけありき申候事、
  • 788,737,59,1725は不仕候、其時三百俵の加増取申候、いまにかんさいと申人被存候、
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