『大日本史料』 12編 54 元和八年雑載 p.156

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-女子島立内膳妻、, 六十八、法名全金、妻は本多作左衞門重次が女、, におもむき、これを奉行す、これよりさき、一日爲政、台徳院殿の御前に侍するのと, ごとく世に稱したてまつるのよしを答へたてまつる、さらば汝に手本を書て得さすべ, き、おほせに、我をもつて世に能書なりといふ、實なりやと、爲政、いかにも御諚の, る、やがて御筆を染させられ、手本一通を書てたまはる、八年十二月十七日死す、年, …爲次, し、このむところの文章ありやとのたまひしかば、世俗通用の消息をとこひたてまつ, 秀綱, 爲貞, 爲政母松下氏、生遠州、大神君え御奉公、父跡二千五百石、元和八年壬戌十二月十〓, 爲政, 某, 彌左, 惣左, 衞門, 左衞門, 衞門、, 松下十, 都筑惣左衞門、始, 衞門, 彌左, 松下藤三郎爲友、, 松下藤三郎爲友、}〓, 元和八年雜載疾病・死歿, 一五六

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  • 彌左
  • 惣左
  • 衞門
  • 左衞門
  • 衞門、
  • 松下十
  • 都筑惣左衞門、始
  • 松下藤三郎爲友、
  • 松下藤三郎爲友、}〓

  • 元和八年雜載疾病・死歿

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  • 一五六

注記 (26)

  • 313,629,56,630-女子島立内膳妻、
  • 1187,722,57,1239六十八、法名全金、妻は本多作左衞門重次が女、
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