『大日本維新史料 編年之部』 1編 6 弘化4年6月~同年8月10日 p.387

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被爲入候と申事承りき、此人の兄は佐渡奉行勤候ものにて、中野又兵衞とな申人ニ御坐, のへは上樣ニても御懷を御明ろし被遊、又我〻ゟ申上候事、多分御聽濟遊し被下置候, 間、此儀は姉不承知にても我等御受合申上候間、決る御苦勞には不相成、必ス御登城被, 候、佐渡の金山の金堀の圖をこしらへ、金堀の辛苦難艱の有樣を〓く細工いたし候品を、, 等幾重こも申含メ、其上我等同樣ニ、老女し比丘尼義圓院抔と申もの五人有之候處、此も, 儀申上候樣之、其後は打絶御噂伺不申候、今程し御登城も被爲在候哉なと存候所ニ候へ, 御愼の御慰にと、其女中みり指上申候節、我等拜見いたし申候き、此女中なと至極御爲し, 共、只今の御咄、扨〻御殘念の御事之、此廿五日にし、芝への上使も相勤申候間、御殿へ, 遊候樣相成候間、爲御任可被成候樣、宗盆とのへも申候ろ宜しく候、已と當春御側に罷, 出候節、上樣御意被遊候し、我等程不運のものはなし、三家はあれとも、いつれ)も幼年、, り、中納言樣御登城被爲在候樣仕度旨、度〻歎息承り申候、此者の咄ニる、御愼み御宜, 上り候まゝ、姉の小路へも委細ニ申聞可申候、先ツは小路の腹を得と聞、不承知にても我, 相手こならぬ、扨〻困ると被遊候事御坐候、其節の樣の時、水府樣御隱居云〻得と申上候, な御親しく候〓ゝ、御愼み儀ハ御痛敷奉存候、當時關白殿御附の女中と申もの〓, 輕き者の娘に候へ共、發明故御取立被遊候儀ニて、水府樣御事は私等度〻御目通仕、別, ニ老女比丘, 尼等ト計リ, 齊昭ノ雪寃, ニ盡力セン, 中ヲ聽キ更, 姉小路ノ胸, 弘化四年六月是月, 三八七

頭注

  • ニ老女比丘
  • 尼等ト計リ
  • 齊昭ノ雪寃
  • ニ盡力セン
  • 中ヲ聽キ更
  • 姉小路ノ胸

  • 弘化四年六月是月

ノンブル

  • 三八七

注記 (23)

  • 1521,666,63,2227被爲入候と申事承りき、此人の兄は佐渡奉行勤候ものにて、中野又兵衞とな申人ニ御坐
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