『大日本維新史料 編年之部』 1編 7 弘化4年8月11日~同年8月29日 p.379

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共、やはり不宜義は今の中早く振をらへ給ふが宜敷候り、たとへ丙辰ニ一度來り候とて, も、本ゟ不宜義は、又此後來り候節は止ニ相成事ニて、左候時は、御代々こて、色々に, と可申、此後御代替こて又變る時は、鮮夷ニてた、國法なきと見え、御一代切ニ色々, 相成候へハ、今の中かへられ候方ましぬべし、如何となれハ、今の中かへらるゝ時は、鮮, 齊昭曰、先年ゟ、將軍宣下被爲濟候より、五年目ゟ延候事無之、夫も此方御指支等ニ, 夷共ニては、度々變るとて誹謗すとも、日本有志こてハ、全く水越初の扱不宜故云々, て、厚き御禮待とは、夷も承り申間敷、先ゟの答も、表向計と被察候、, う不被遊候ては相當不致、難有も不奉存候半なれ共、左樣は被成難き事勿論ニ付、以前, 不本意と鮮夷可存候、江戸へ出、拜尊顏故、難有も可有之哉、左候へハ、書面の上計, 彼國大禮打續、事力難逮、來ル丙辰春迄延期之儀を申越、懇願之次第、無餘儀相聞云々、, ニ相成候を喜悦候はヽ、直ニも來り可申を、右樣延候上は不歸服故の事也、思ふニ大坂, て御延しは格別、鮮夷ゟの申ニ任セ延期候てた、此方御威光ニ拘り候事也、此度大坂, は江戸迄出候を、此後は江戸同樣とハ申ならら、御居城ニも無之處ニて、聘禮整候段、, の聘禮、世ニいふ損して耻かくといふ物になるべし、度々御主意の變は不宜樣なれ, 來候は、陸路山川跋渉之勞を御厭被下候故云々との事ニ候ハヽ、品川迄船ニて乘入候や, リハ我國人, 輕視スルナ, ノ稱賛スル, ヲ憂フルヨ, 方法ヲ取ル, 朝鮮ノ誹謗, 朝鮮我國ヲ, ベシ, 弘化四年八月十六日, 三七九

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  • リハ我國人
  • 輕視スルナ
  • ノ稱賛スル
  • ヲ憂フルヨ
  • 方法ヲ取ル
  • 朝鮮ノ誹謗
  • 朝鮮我國ヲ
  • ベシ

  • 弘化四年八月十六日

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  • 三七九

注記 (25)

  • 714,735,61,2162共、やはり不宜義は今の中早く振をらへ給ふが宜敷候り、たとへ丙辰ニ一度來り候とて
  • 600,737,60,2160も、本ゟ不宜義は、又此後來り候節は止ニ相成事ニて、左候時は、御代々こて、色々に
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