『大日本維新史料 編年之部』 2編 2 安政1年1月21日~同年1月晦日 p.306

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

正月二十五日、, 歸シ候處、直ニ喧嘩ヲ始メ、五六人ニテ取押へ候由、我方白猿如キモノト被察候趣、中々, れたる夷狄の輩何程の事あらんと蔑視廣言せられしか、初度の應接後は、俄に臆病神立, 間ノ處歩兼、ハツテーラエ我方ノ者乘セ遣シ候處、漕兼候故、我方ノ者漕遣シ候、舟中ヘ, 中官ヘハ與力、下官ヘハ同心、先有平糖ニ茶差出候後、九年甫一鉢ニ酒出シ候趣、上官ハ, 有之趣ニテ不被呑候故、ハメヲハツシ相傾候ヨシ、歸リノ節抔ハ中々ヘロツキ、四五拾, も、彼是と難題申出て決しかたく、漸く二十五日に至り、浦賀の屋形浦にて初度の應接, 一、此頃の風説にては、異船平穩にはあれと、彼か申出たる事は退引ならて、應接場所の事, ありて、饗應の御料理を下されたりとそ、此節の應接掛り全權ハ林大學頭殿井戸對馬守, 眼ノ淵赤ク成ホト給へ候由、下官隨分給へ候故銚子ヲ取上候、下官ノ夷人堪へ兼候テ、, 殿にて、井澤美作守殿鵜殿民部少輔殿等も被差加たり、林祭酒は應接已前には、高の知, 〔昨夢紀事〕, ニ兵端開キソウナルモノニテハ無之由、咄シ候由、, 臺場マテ參リ酒々ト申頼候故、十分ニ相渡候處、余程澤山ニ給へ候由、舟中ニテハ分量, 添て、彼かいふ處甚理あり、申に任せすしては御大事に及ふへし、東照宮再生し給ふ, シモ應接後, 林糧廣言セ, 態度豹變ス, 安政元年正月二十四日, 三〇六

頭注

  • シモ應接後
  • 林糧廣言セ
  • 態度豹變ス

  • 安政元年正月二十四日

ノンブル

  • 三〇六

注記 (20)

  • 945,618,59,356正月二十五日、
  • 1293,673,67,2158歸シ候處、直ニ喧嘩ヲ始メ、五六人ニテ取押へ候由、我方白猿如キモノト被察候趣、中々
  • 358,676,69,2158れたる夷狄の輩何程の事あらんと蔑視廣言せられしか、初度の應接後は、俄に臆病神立
  • 1408,674,68,2144間ノ處歩兼、ハツテーラエ我方ノ者乘セ遣シ候處、漕兼候故、我方ノ者漕遣シ候、舟中ヘ
  • 1867,680,66,2142中官ヘハ與力、下官ヘハ同心、先有平糖ニ茶差出候後、九年甫一鉢ニ酒出シ候趣、上官ハ
  • 1524,675,69,2160有之趣ニテ不被呑候故、ハメヲハツシ相傾候ヨシ、歸リノ節抔ハ中々ヘロツキ、四五拾
  • 705,675,69,2164も、彼是と難題申出て決しかたく、漸く二十五日に至り、浦賀の屋形浦にて初度の應接
  • 822,630,68,2209一、此頃の風説にては、異船平穩にはあれと、彼か申出たる事は退引ならて、應接場所の事
  • 592,672,69,2168ありて、饗應の御料理を下されたりとそ、此節の應接掛り全權ハ林大學頭殿井戸對馬守
  • 1752,676,68,2159眼ノ淵赤ク成ホト給へ候由、下官隨分給へ候故銚子ヲ取上候、下官ノ夷人堪へ兼候テ、
  • 476,677,68,2160殿にて、井澤美作守殿鵜殿民部少輔殿等も被差加たり、林祭酒は應接已前には、高の知
  • 1060,606,72,295〔昨夢紀事〕
  • 1184,691,60,1231ニ兵端開キソウナルモノニテハ無之由、咄シ候由、
  • 1638,676,67,2158臺場マテ參リ酒々ト申頼候故、十分ニ相渡候處、余程澤山ニ給へ候由、舟中ニテハ分量
  • 245,678,69,2162添て、彼かいふ處甚理あり、申に任せすしては御大事に及ふへし、東照宮再生し給ふ
  • 443,261,44,199シモ應接後
  • 493,253,43,205林糧廣言セ
  • 392,252,44,203態度豹變ス
  • 1990,730,43,419安政元年正月二十四日
  • 1983,2375,45,119三〇六

類似アイテム