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假家を引、, 第一々御注進申上候樣被仰付、二月朔日江戸出帆、即日浦賀え參りて見れは、火の消たる跡のことく寂然として誰一, 此時日は暮逆風こる船不進、千辛萬苦して漸岸につを、陸を終夜去り、翌廿八日之朝、江戸着、右之趣申上候、, 〓異船は河崎之沖ニ懸り居申候得とも、應接はヤハリ浦賀ゟ一々懸合ニ成候事なれは、又々浦賀え參り、其模樣承り次, 出見るに、六艘之内四艘は何地え行キケン見へす、殘壹艘は江戸を差て走行、壹艘は止て不動、, 人取合ものなく、御役々皆神奈川宿え昨日出張たるよし、カくと知ルならは陸を來ルへかりしを、船にてこゝまて來, りて、又神奈川ニ引返す事のくやしさよと存候得共、無詮方、此夜は浦賀え泊り、よくじつ神奈川えきたり承り候ニ、, 上陸を不致、先日中所々へ暫時船を付上陸致候事有之候得共、亂妨躰之事は無之候、江戸こても種々成浮説を唱、, 命し、力を盡して乘入、異船と倶ニ走り行テ見れは、此氣船とも河崎之沖邊こ下碇て懸り居、是こる少し胸落着申候、, 浦賀ニ停船したる一艘も江戸之方へ走り行く、然らは夏島え止る一艘淺やカて可動、爰ニ在て何カせんと急キ船を, 何方こてケ樣〳〵成ル亂妨を働、何方ニてはケ樣成物を掠取候なと、〓ニ申候得共、皆うそこて御座候、僕は始末, 日も其用意ニ空くすぎて、五日ニ至て應接も可有歟と思之外、林祭酒と井戸對馬殿は昨曉早馬こて江戸え行、, 浦賀えはいかに懸合ても不乘〓候、是非こと申候はゝ江戸え可入氣色ゆへ、神奈川之地續キ横濱ともふすところに, こ以テ神奈川えは不歸來、應接は來ル八日と申事こて、僕も爲スこともなく旅宿ニ空過さんよりとそんじ、五日, 歸着仕候、猶御模樣次第一ト走り參可申覺悟ニ罷在候得共、今こ以其沙汰無御座候、彼地之樣子如何成行哉と奉存, 夷船と倶ニ周旋致居候得共、聊左樣ナル事聞見不仕候、多分御地ニなも色々の浮説可有之候得共、十ケ九は陸と可, 此三四日前こ夷船は、四艘共不殘神奈川之沖え一ト堅マリニ停泊し、少しも不勳候、時々テンマニテ乘廻り候得共、, 右者僕ガ今迄經歴し聞見仕候儘、其〓略を記申候、洩候事は多く可有之、追な拾遺可申上候、第一〓情殺俵之氣機ハ無之、, 爰にて上陸させ可有應接筈之由、彼レも其旨承知にて、專其用意とり〳〵なりと申候、同三日・四, 候、, 被思召候、, 見る〳〵, 今, 安政元年二月八日, 七艘之内一艘, 浦賀屋形, ハ浦賀こあり, 浦ゟナリ, 五日, ナリ、, 入ル, 米船内海ニ, 米船ノ動靜, 安政元年二月八日, 五五六
割注
- 七艘之内一艘
- 浦賀屋形
- ハ浦賀こあり
- 浦ゟナリ
- 五日
- ナリ、
頭注
- 入ル
- 米船内海ニ
- 米船ノ動靜
柱
- 安政元年二月八日
ノンブル
- 五五六
注記 (35)
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