『大日本維新史料 編年之部』 2編 3 安政1年2月1日~同年2月10日 p.866

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見ゆき共、夷人其通り承知こは相成間敷見へたり。, 中にして樂を奏し抔せし由、此方案内人其前ニ立と云、應接之模樣は、林ゟ通信通商之義, ヘルリも悦候樣子なき共、交易之叶はさるは遺憾之色ニ見候由、其節ヘルリ懷中ゟ書付を, 長崎こて遣し可申候、漂民撫恤之義は、其方申所ニ任せ可申と申候得は、二ケ條濟候段は, ハ決て難相濟候、併石炭之義は、若シ堀候はゝ西國こは有之かもしれす、若有之ニ於ては, 往も七往も掛合候て後こ、然は此二事こ限り可許候條、是を面目ニ歸り可申と之廟議之由, 書付を以て可申上と申候由、其後ヘルリ申出候は云々、, 交易等と、總て願筋之義斷り候て如何こも夷人も只は歸り兼候ニ付、是非濟し呉候樣と五, こて追々翻譯せしに、交易御濟し被下難有仕合、扨交易之品之義はケ樣〳〵、此品を以て, 二月十日、此日横濱ニ於て應接あり、上陸之夷人、上下五百四十六人、二行ニ立、ヘルリを, なりしに、右は最初ニ許せしは、林家之意こは、許す事は許し、難成事は難成と斷り候意と, 出し、指出さんとして止事再三こる色動きしか、遂ニ決斷して出せしと云、其書は横文字, 是ニ換へ可申抔之意味之由、扨又ヘルリゟ二ケ條御濟し忝なく、其義ニ付ては、十三日こ, 〔片葉雜記〕, 初與石炭恤漂民之二事も, 茅根泰筆〓, 〕, 略す, 葬地之事, 藩士, ○色川三中雜記, 水戸, 鈴木大雜集抄所載, ○公爵徳川圀順所藏本, 色川俊次郎所藏本, 評ス, 應接振リヲ, 安政元年二月十日, 八六六

割注

  • 略す
  • 葬地之事
  • 藩士
  • ○色川三中雜記
  • 水戸
  • 鈴木大雜集抄所載
  • ○公爵徳川圀順所藏本
  • 色川俊次郎所藏本

頭注

  • 評ス
  • 應接振リヲ

  • 安政元年二月十日

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  • 八六六

注記 (29)

  • 361,650,60,1242見ゆき共、夷人其通り承知こは相成間敷見へたり。
  • 1620,656,63,2216中にして樂を奏し抔せし由、此方案内人其前ニ立と云、應接之模樣は、林ゟ通信通商之義
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