『大日本維新史料 編年之部』 2編 4 安政1年2月11日~同年2月23日 p.500

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崎ニな受取候樣申諭し候も、舊面皮之應接方兩人ニな不參候事故、是を罪を井戸・林, 旨、説得有之候方宜、夫れにて兵端相開き候はゝ、心力を盡し及防戰可申旨被仰候由、, ニ下田迄參り見物いたし候へと被申候由、扨廿日歸府とか、段々御評議ニ相成候處、, ニる臥薪嘗膽之勢ニ不相成候半ては、難相成旨申居られ候由、誠之進考ニは、何卒臥, 又昨夜御内々阿閣迄被仰越候御趣意さ、何分松前は不相成、下田之義も同樣にて、長, も承知いたし居、且功者之事故、筒井肥前守・川路左衞門尉を出し、別之應接を致詰、, 取替ニななりとも、下田之義は勿論、松前は渡場難相成由、何邊長崎迄受取ニ罷出候, 一公邊ニなも勢侯抔は、此度之屈辱を蒙り候義は致方も無之候事故、越ノ句踐會〓山, 薪嘗膽之事は願は敷事ニ候へ共、今夫を申出し候な〓、臥薪嘗膽を〓ニ申唱へ、當然, 之患難を防候ため、十分ニ屈辱を甘し受候樣可相成との懸念ニ付、今は申出す時節ニ, 前中納言殿壹人不承知ニな、甚怒激を相被發、何分井戸・林兩人とも不相濟候間、人を, こかぶせ候な、切腹ニなも被仰付候て、墨人へは御申譯ニ被成置、幸ニ長崎にて夷情, 却一難爲取掛候樣被成度旨、未たに勢閣侯御返答無之旨、, 無之旨、, 右水前公御内書草稿、主税へ誠之進内々爲見候由、, 安政元年二月二十日, 起用スベシ, 筒井川路ヲ, 臥薪嘗膽論, 徳川齊昭林, 等ノ態度ヲ, 怒ル, 安政元年二月二十日, 五〇〇

頭注

  • 起用スベシ
  • 筒井川路ヲ
  • 臥薪嘗膽論
  • 徳川齊昭林
  • 等ノ態度ヲ
  • 怒ル

  • 安政元年二月二十日

ノンブル

  • 五〇〇

注記 (24)

  • 1277,752,74,2113崎ニな受取候樣申諭し候も、舊面皮之應接方兩人ニな不參候事故、是を罪を井戸・林
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