『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.822

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とも、僅八百計の人數に③右の通故、膽を潰し我折あ〓は、大膽なものな, を討すな、構ふなと被申付、一向向不構押行被申故、平八よりも不被懸、同, をうち掛る、川幅廿間も有〓し、水淺けれや七八間あり、秀吉程の人な従, の方の備を立直さす〓しと、討死の了簡を思ひ、平八頼母敷者なり、平八, しは本多平八也と申、秀吉被申や、荒手の行を邪魔する所存は、其間にあ, 尤と同心しる、梶金平を初小物見に出る、今秀吉被參といふ、夫幸と川の, し樣ニ押行候所、秀吉人數立泉寺山へ登る、平八は川の間を行故仕方な, り、見知たるものなしかと被尋、稻葉一鐵被申は、角の前立物と白き引廻, 端へ平八寄詰、合戰をすりかける、八百の人數を三段に備へ、川越に鐵炮, り、秀吉の通るを見物しし被居、秀吉殊の外膽を潰し、大勇を被感、神君は, 魔をす〓し、其間には御人數の御立直しも可被成と存旨、左衞門太夫も, し、唯如何と御案し被申、上方勢の落人計來か、夫には不構行とも、御樣子, 不知、御案被申、立泉寺川に③馬の口を洗はせ居る、〓はや晝過の樣子な, 合戰せは叶ふまし、乍去にず上な命も同前、こゝに討死す〓し、一時邪, 小幡へ御引取被成、立泉寺の方瓢簟の纏見へ候を御覽被成、御笑被成、先, 天正十二年四月九日, ニ挑戰ス, 敵前ニ馬, ノ口ヲ洗, 忠勝秀吉, 天正十二年四月九日, 八二二

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  • ニ挑戰ス
  • 敵前ニ馬
  • ノ口ヲ洗
  • 忠勝秀吉

  • 天正十二年四月九日

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  • 八二二

注記 (22)

  • 1173,717,68,2121とも、僅八百計の人數に③右の通故、膽を潰し我折あ〓は、大膽なものな
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