『大日本維新史料 編年之部』 2編 5 安政1年2月24日~同年3月5日 p.445

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所、餘りニ御懸念被遊候ては、古語ニ申候通、牛刀ニな鷄を割き候類にも相當候事かと奉, 屆ニ無之時節之事故、勝敗之所如何可有之哉と、其儀御懸念こる御猶豫被遊候事ニ御坐候, 易ニ候共、夫ゟして亞米利加之者共怒を發し、追々多分之軍艦にても差向候樣こなは、兵, 存候、乍去此方ニ決斷なく、臆病之心斗御坐候ては、平家之軍兵富士川ニな水鳥之羽音ニ, 敗走致候樣之事も有之、秦之存堅が人數風聲鶴唳ニ驚き候樣之事も御坐候故、纔之船にも, はゝ、是は左程御心配にも及申間敷事かと奉存候、私儀先日中夷船之樣子も熟覽仕候所、, 別御心勞被遊候ニは及不申、手厚之諸侯二三軒へ被命、猿島と隱洲と之間壹里斗之處を、, 誠ニ造作も無之事ニ可有御坐候、尤世間俗人之料簡ニなは、只今七艘之船を討取候事は容, くニ張り詰候帆綱を、打切焚切候る攻討候はゝ、嚢中之鼠を取候ゟも容易なる事ニ御坐候, 立候所を御勘考被遊候〓、聢と御決斷さへ御定被遊候はゝ、此度之異船を討取候程之事は, 纔ニ七艘之事故、俗人之風聞致候程仰山なる事にてもなく、一向ニ驚候ニは足り不申、人, 石舟抔ニる急ニ堰留、昨年も申上候通り、一手切之法ニな前後左右ゟ引包、蜘蛛之巣之如, 數も何程多く乘組居候とも三千こは過ぎ申間敷候間、御打拂之御決斷さへ相立候得は、格, 膽を冷し、腰を拔し候樣ニ相成候な、小敵とも難申候得共、國家之大體を被思召、御武威之, 但、只今御打拂之御決斷被遊度被思召候ても、何分指迫り候場合ニな、御防禦之筋も御行, 決斷アラバ, 攘夷ハ容易, ナリ, 安政元年二月是月, 四四五, 四四五

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  • 決斷アラバ
  • 攘夷ハ容易
  • ナリ

  • 安政元年二月是月
  • 四四五

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  • 四四五

注記 (21)

  • 903,600,61,2223所、餘りニ御懸念被遊候ては、古語ニ申候通、牛刀ニな鷄を割き候類にも相當候事かと奉
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