『大日本維新史料 編年之部』 3編 1 安政5年1月 p.653

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召、川路司農も一同發駕と申事、於是竊に喜ひ奉存候は, 已むを得さる御筋合御坐候とも、先第一に, 次第傳覽候節、既こ愚意存し候は、普天の下王土にあらさる〓なく、率土の濱王臣こあら, 天日未た地ニ墜す、兼〳〵僻遠こ罷在候某輩にも、かけまくもかしこき, こは、亞人申立の次第恐嚇欺瞞の談多く、罅漏致百出候事共ニ候へは、能く其辭命を修め, 置き候を御聞屆ニ相成候義と被相察候、此ミニストル一段の事は、某には〓初亞人申立の, さる〓なしと申候に、亞人の申に據り候へは、ミニストル被差置候構の内は自國同樣こ致, し、日本官府の制度を受けさる趣相見え候、左候へは邦域の内こして王土こあらす、, 召候御事は、定て舊臘二日、堀田侯の第ニ於て亞人と應接有之候、其第三條ミニストル差, 所、果して此御時節其奇特も相顯はれ候とも被存、難有義こ奉存候、竊に愚察仕候に、林家, 御上の御事は奉申上にも及はす、殿下之御明敏、并に中山卿の御俊拔等耳こ轟き罷在候, 天朝へ奏聞を被爲遂、然る後ニ御處置無御坐候ては濟セられましき義と奉存候、其上愚管, 御使こて不相濟、閣老被爲, 王臣こあらさるもの有之候義ニ付、開闢以來の大變とも可申、左候へはたとひ當今の時制, 命、舊臘十四日江府發靱こて上京の所、這々の體こて歸府有之、京師へは堀田閣老被爲, トコロ誤レ, セシムルノ, 米人ノ言フ, 上京ハ喜ブ, 公使ヲ駐剳, ベシ, 堀田閣老ノ, 米人ノ非ハ, 難詰スベシ, 議, 安政五年正月二十六日, 六五三

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  • トコロ誤レ
  • セシムルノ
  • 米人ノ言フ
  • 上京ハ喜ブ
  • 公使ヲ駐剳
  • ベシ
  • 堀田閣老ノ
  • 米人ノ非ハ
  • 難詰スベシ

  • 安政五年正月二十六日

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  • 六五三

注記 (27)

  • 1715,630,64,1375召、川路司農も一同發駕と申事、於是竊に喜ひ奉存候は
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