『大日本維新史料 編年之部』 3編 2 安政5年2月 p.266

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の處、其處は堅く御請合にて閣中限の事と、御契約被成置候由、, 相成候樣致度と御申の由、右等の趣にて愈御治定に相成候御樣子も粗明瞭に有之候、川路, 口さし御手出しあつてはならぬとの御咄しも有之由、○薩の一件は、大和守へも御咄置に, 昨夕、薩へ參り、薄暮歸り、夜に入り認かゝり、是迄認候處、五時過火事の沙汰、半鐘摺立、, 其筋より御手を〓され候儀願はしき由御咄の由、○西城へ被爲入候ても、四五年の間は御, の盡力も上閣の口氣にてもおもひやられ候、二日關宿へ御逢被仰込候處指支三日に被爲, どゝ申事は、思ひも不寄と御咄しの由、○後宮も同樣の事、本壽院樣御手前樣も御心配の, 及候處、小田原より出火、一時に蔓延、乍併、盤邸は風上故懸念無之、海邸風下に付、追々, 御人數被遣候處、盆大火に相成、海邸も御存亡難斗候得共、靈岸島周圍の橋々、多くは燒, 折節西北の烈風故、驚き出格子を開け候處、常盤橋見附の後は火災滿天故、早速出勤に, 由御咄に付、本立院の事御咄被成候處夫は屈竟の御手筋、私申上候と申ては不宜候得共、, 入候、是も薩の儀は大に歡ひ被申候樣、其他は當時御英斷を仰き居候趣被申上、委細は, 泄に相成候ては、最早外藩の密事も相聞へ不申候間、此儀は決て御穩密に相成候樣と御申, 落、道路難通、何れも痛心罷在候處、夜八ツ半時頃に至り、先つ御別條無之段、慥に相聞, 伊賀守より御承知の通り位にて、別段の御噺は無之由、尤薩の義は極密の事にて、薩へ漏, 慶永久世廣, 周ヲ訪フ, 日本橋ノ出, 火延燒, 安政五年二月九日, 二六六

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  • 慶永久世廣
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  • 823,629,66,1550の處、其處は堅く御請合にて閣中限の事と、御契約被成置候由、
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