『大日本維新史料 編年之部』 3編 2 安政5年2月 p.598

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申上ケニ相成候由承之、ケ程之御隱謀有之事とは存外之事共こて、拙者愚存ニては、今, 勅命下り不申ふは御爲不相成との事、右ニは色々意味深次第柄も有之、殿下へは内々, 主上へ御上ケニ相成、何分右, 叡慮伺上京可致候間、打拂と御決定被仰出候樣仕度、左なくふは天下治り不申との事、, 朝庭ニも御安心之場ニ相成、御守護之義も御自分御登り候て、御安心相成候樣可仕樣之, 申との事は、實ニ天下之爲思召て之事ニも無御座、全く一橋殿ヲ西城へ御定被成度下心, こて、一橋さへ將軍ニ御直り候はゝ、天下も治平可相成、第一, 勅書被仰出度旨申上こ相成、其節唐畫三幅對と金百兩之御進物之由、尚又正月中旬頃, 御文言も有之趣、其後十二月二日ニ申上ニ相成候處こては、夷船之事よりも、第一ニ一, 大閤へ申上ニ相成居樣子ニ御座候得共、右は常之御氣風之事ニて、佐倉侯御登り之上は、, 御臺樣之思召之由こて、西國方之大名より直書ヲ以左府公へ御願ニ相成、大閤御含こ, 御別條も有御座間敷と存居候處、其御深意段々相伺候處、右打拂ニ不決テは天下治り不, て左府公と傳奏之内御壹人と御腹を合せ、左府公より右西國大名之書翰を, 度佐倉候御上京之折柄、右樣之勅命等下り候るは、たとひ佐倉侯ニも一橋之方可然思召, 橋ヲ西城へ御定相成候樣、以, 下運動ノ噂, 齊昭勅書降, タラシメン, 閤ニ書ヲ贈, ヲ將軍繼嗣, 齊昭ハ慶喜, 齊昭鷹司太, トス, 安政五年二月二十六日, 五九八

頭注

  • 下運動ノ噂
  • 齊昭勅書降
  • タラシメン
  • 閤ニ書ヲ贈
  • ヲ將軍繼嗣
  • 齊昭ハ慶喜
  • 齊昭鷹司太
  • トス

  • 安政五年二月二十六日

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  • 五九八

注記 (25)

  • 354,706,64,2157申上ケニ相成候由承之、ケ程之御隱謀有之事とは存外之事共こて、拙者愚存ニては、今
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