『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.516

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に問ひ侯に告く、侯是を納れ其規劃以て參考に備ふ、, にして廢弛す、可謂皇國の一大不幸也、, く、當地は方今種々企畫する所あり、之を幕府の軍艦を以て視察せは、甚た不可なるもの, 侯天質温和容貌整秀臨る親むへく、其威望凛乎犯すへからす、度量遠大無執一之見、殆と, 藩の守衞臣屬の擧措懇々切々示教盆厚し、鹿兒島港の炮臺得失、兵制の利害如き是を蘭師, るものき、書翰を以て足下に談とむ、他人をして知らしむるなかき、是足下の爲に猜忌を, 世を籠單するの〓あり、方今を顧、徃事を追想すれはく、鹿兒島縣士英材輩出するもの、, 咸臨丸の薩州に囘航するや、次て琉球に巡航の豫定なりき、之を齊彬公に談せしに、公曰, 優渥、余其知遇の辱さに感す、又再ヒ鹿兒島に到るを約す、侯曰、自今後大に國事に關係あ, あり、依て其行を止めんことを請ふと、其事情を包藏なく辨明せられ、予の如き一微臣に, 避くなりと、嗣後屡手書を辱す、要皆國家の大事、其世變を察し時勢を審するもの、旁其本, 此侯の薫陶培養の致す所、豈凡情を以て忖度し易からむ哉、惜天其歳を不假、其偉跡半途, 摩山川の港に入る、時に、侯同所温泉に浴す、余の至るを聞き、單騎來接、甚喜色あり、懇切, 對し七十七萬石を抛擲して懇談せられたり、予は眞實に其知遇に感し、鹿兒島灣を出るや, 勝安芳談話〕, 車史所載, ○薩藩海, 島津齊彬山, 川港ニ來リ, 勝ト會談ス, 安政五年三月十五日, 五一六

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  • 車史所載
  • ○薩藩海

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  • 島津齊彬山
  • 川港ニ來リ
  • 勝ト會談ス

  • 安政五年三月十五日

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  • 五一六

注記 (22)

  • 1285,649,57,1320に問ひ侯に告く、侯是を納れ其規劃以て參考に備ふ、
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