『大日本維新史料 編年之部』 3編 4 安政5年3月21日~同年4月9日 p.786

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候、甚遺憾之仕合御恕推可被成下奉希候、, 候事に相成、實に天下之甚幸に奉存候、此節は時勢一動可仕奉存候、, 成候樣、御地にて越公へ被仰上候ては如何哉に奉存候、左内急に歸國は定て先生事相分候, 各國の屬國たるを免れず、此等之時勢は深く討論の上、今日之處置可在之候、妄に戰爭を, 候間、アジヤを爭ひ候もの其喉を棄つべきの理無之候、故に日本大強國たらざれば、西洋, 英・魯の強國アジヤ洲を爭ひ、爭ひ勝ち候方世界を一統いたし候、日本はアジヤの喉に居, 一越藩之事情、越公御歸國之上先生へ御一藩之學事等御相談之御心組にも御座候はゞ、甚, 沼山四月初旬に越前に着に可相成、越公樣・此方樣、四月末に江戸御發駕と奉恐察候間、萬, 申上置候へども、先生隨身之義に御座候はゞ、先生江戸へ參りに相成候節は江戸へと同伴, 弟儀は沼山先生に隨身爲致候て、越前表へ遊學爲致候樣奉願候、就ては江戸迄之事は願不, は直に江戸へ出方に相成候樣相談之含にて、國許に歸り候哉も難斗候、肥後之方不斗差上, 以今日之時勢に御昧く御座候間、願曰は關ケ原迄御人被差出置候て、直に江戸に通りに相, 主といたし候譯には無之候、胸中筆に盡し得不申候、所詮面上にて不奉申上候ては不相叶, に付ての義と奉察候、然ば最早先生一件は得と御承知に相成候御事に奉存候、左内も自然, 可致、且又先生用事に付て壹人にても江戸表へ罷出候事も不可辭時宜も可有御座、此段は, 亞ノ喉ニ在, 小楠越前ニ, 赴ク, 日本ハ亞細, 安政五年四月七日, 七八六

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  • 亞ノ喉ニ在
  • 小楠越前ニ
  • 赴ク
  • 日本ハ亞細

  • 安政五年四月七日

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  • 七八六

注記 (21)

  • 1417,655,61,1019候、甚遺憾之仕合御恕推可被成下奉希候、
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