『維新史』 維新史 5 p.186

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と。翌十二日朝六ツ時, 予か意を體認し、心得違無之、恭順之道取失はさる樣可被致候。(戊辰日記), は旗本・御家人に總登城を命じ、退城の趣旨を述べて、孰れも恭順の道を失ふべ, 上、億萬之生靈、塗炭之苦を免候樣致度と、至願此事に御座候。就而は何れも, の實を擧げんとして、江戸城を退去するに決したのである。二月十一日慶喜, である。, 候。右は全予か一身之不束より生候事に而、天怒に觸候段、一言之申上樣無, 之儀に而、何樣之御沙汰有之候とも、無遺憾奉命致候心得に而、別紙之通奏聞, からずと諭した。曰く、, が、時恰も諸道の官軍は並び進んで日一日と江戸に迫るに及び、旗本の憤激と, 前、慶喜は江戸城を出でて上野寛永寺に入り、大慈, 状差出候。依之東叡山へ退き、謹愼罷在、罪を一身に引受、只管朝廷へ御詑申, 市中の騷擾とは頗る憂慮すべき情勢にあつた。是に於いて慶喜は一〓謹愼, 此度御追討使御差向可被遊段、被仰出候哉之趣、遙に奉承、誠に以驚入奉恐入, 斯くて慶喜は只管謹愼の態度を持して、罪を朝裁に俟にんとしたのである, 六時, 午前, 大慈院屏, 居, 第二章江戸開城第二節徳川家救解運動, 一八七

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  • 六時
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  • 大慈院屏

  • 第二章江戸開城第二節徳川家救解運動

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  • 一八七

注記 (21)

  • 368,526,56,685と。翌十二日朝六ツ時
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  • 1298,528,60,2303は旗本・御家人に總登城を命じ、退城の趣旨を述べて、孰れも恭順の道を失ふべ
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