『維新史』 維新史 1 p.138

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は、蓋し此の事をいつたのであつた。而して其の嚆矢とも見るべきは、寛政九年, 幽谷が以上の如く外夷東漸の事實を憂慮したのは、, 藩主に呈せる丁巳封事であつて、北〓點〓、神州を窺〓して圖南の志あり、而も國, 大敵に御座候。海路は其熟する所、舟師は其所長、其人上下同心、生死を共にし, 教を奉ぜしめ候樣に至り不申候ては止み不申候事指見え候。然ば神州の, しとは其の所論であつて、攘夷論は斯かる意義の下に發生したのであつた。, 寇と隣接するが故に、邊防の事は最も急務なれば、宜しく藩政を刷新し、富國強兵, の實を擧ぐべしと力説した。攘夷は國内の革新に依つて始めて達せらるべ, 只今の異國船は、彼が志始終は我土地人民を專にして、我風俗を變じて、彼十字, 内偸安の夢に耽りて、堂々たる幕府も北條氏に若かずと云ひ、水戸藩は海に臨み, て離畔の事無之、文武並用威恩兼施候手段、中〻尋常の夷狄とは同日の談に無之, と、説明したのに明瞭である。文政七年五月英國捕鯨船二隻常陸の大津濱に來, り、船員の上陸するや、幽谷は當時十九歳であつた東湖に對して、汝死を愛まざる, 候。(文政六年、癸未封事稿), 第一編尊王論の發達, 一三八

  • 第一編尊王論の發達

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  • 一三八

注記 (16)

  • 1708,590,68,2274は、蓋し此の事をいつたのであつた。而して其の嚆矢とも見るべきは、寛政九年
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