『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.288

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出て、, 高山之、則一ノ渡金山之絶頂之、此所ゟは箱館は眼下ニ見へ、駒ケ嶽ゟヱトモ之, 山中假腰掛こな晝辨當、, 念、是ゟ下り坂計急なれ、下り切て一ノ渡川ニ出ル、是迄新道〓、夫ゟ一ノ渡村こ, 是ゟ少し下りて又登り、ケナシ山といふ、木更ニなし、, 最上徳内印付し木といふ、此大木堺木ニる可然と存、是ゟ一ノ渡地先之、登り下, 公私堺なれと未杭も無之、聢と不極、小休所腰掛出來之處こヲンコノ大木有、昔, り坂多し、又大野地先ニ成ル、, 大野村え八半時過着泊、八り、, 毛無山小休, 邊シリヘツも見るよし、江差之海もみゆるよしなれと、雰深くして更こ不見、殘, 堺小休, 二り, 一道は能出來タり、山中紅葉六分通こる、至極景よし、, 晝所ゟ, 四り, 安政五年四月十五日, 四り, 付ノ木, 最上徳内印, 大野村ニ至, 安政五年四月十五日, 二八八

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  • 四り

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  • 付ノ木
  • 最上徳内印
  • 大野村ニ至

  • 安政五年四月十五日

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  • 二八八

注記 (23)

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