『大日本史料』 12編 21 元和元年六月~同年閏六月 p.140

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三井寺にて、宗長乃句ニ、, て尋申候由、, 夕月夜海すこしある木乃間かな, 見へ候得は不苦由、, きか能候はん由、但し石にとるへき由、, 數寄候ても、數寄屋へ革足袋あしく候, かくし候得と被申候由、何れ二も、山の多く見へさるをほめられ候由、, 駿府にて、後藤庄三郎、露地ゟせん〓ん乃山多く見へ候を、道巴に、木にて植, るか面白く候、山なと多く見へ候得は、景しきならさる由、是ニ付、引事に, 床乃窓に障子懸申事、二枚障子建候時は、必床の窓ニも障子掛て能候、二枚, 慶長十七、古織堺入津之時、使を以尋候、但し正月十七日、木村宗旦露地に, 數寄屋乃小袖、若き者は赤裏あしく候半由、但し袖ふくりんをとり、す持ゟ, 前石乃ふみ所、大成とちいさきと何れがとあしく候哉と尋候へは、ちツさ, など多く見へたる、能候哉と尋申候得は、山其外景は木乃間より少し見へ, 障子はつしたる時は、床乃懸障子も取たるるか能候、但し定りたる事は無, ○下, 略, 元和元年六月十一日, 一四〇

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  • ○下

  • 元和元年六月十一日

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  • 一四〇

注記 (19)

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