『大日本史料』 5編 10 嘉禎元年5月~同2年11月 p.30

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の歌に、西の山八十の坂は高くとも猶乃ほるへき峯そはるく支とある, にも、老後西山にあられし事、いよ〳〵たしかれれは、明月記の嵯峨中院, 一樋口宗武か改觀抄追考云、明月記曰云々, おの〳〵よみたる歌を、色紙形にかくへきよし申侍れは、我も入たらん, 非す、又風雅集雜四、加茂重保か堂乃障子に、時の歌よみともの形を書く、, の形書くつかはすとて、後徳大寺左大臣、わか乃浦の浪のろすにはもも, る三鈷寺にも、蓮生の像を安置す、又蓮生八十の賀をらきし時、法印長惠, 百首の歌は、姑く蓮生法師の撰と定め侍り、, て、色紙に其よみ歌をかゝを、障子におしくもてあそひしは、其こあもは, にらりかくろひもなき藻鹽草かれ、これをもておもふに、歌人の姿を書, ら世に行きく、優なるすさひにして、たれも〳〵き〓ひたる事なるへく, と尋侍りふるに、位高支人は、おそき有てかゝぬよし申たり々れは、色紙, に押きたる色紙形と、古より傳へ來たまと、明月記乃文によるに、さには, 入道は、决めく宇都宮蓮生なるへき也、されは紀聞乃考證にまろせて、此, さまは、定家卿乃我山莊, 景樹按するに、これよりさきにも、道雅三位の八條の山莊なる障, や, 嘉禎元年五月一日, 條、故略, 文具前, 已上, 追考, 撰者ヲ頼, 綱トスル, 説, 障子ノ歌, ノ例, 嘉禎元年五月一日, 三〇

割注

  • 條、故略
  • 文具前
  • 已上
  • 追考

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  • 撰者ヲ頼
  • 綱トスル
  • 障子ノ歌
  • ノ例

  • 嘉禎元年五月一日

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  • 三〇

注記 (29)

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