『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.671

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一橋公を西城へと申事は、恭廟薨去の砌、, たり、アナ無念やと聲を揚て男泣になかれたり、師質申へき樣もなくて、唯公の思召をか, 出されてはあしかりなんと御止申上し事は、余も正しく伺ひ知りたる事なる上に、橋公人, 傑にも坐しませは、旁天下の御爲を存し、言を盡し申上たる事を、裏表に不忠の樣にとり, ねと、私を舍て忠貞を存し、報國の赤心においては、誰に劣るへくとも思はされは、御爲と, 老・伊賀殿ななんとに、忠の道もしらぬ者の樣にをとしめられては、何の樂みありて御奉, へす〳〵申たりしかは、やう〳〵〓を拭ひて、天下の柱石と頼み參らせし太守公の仰なれ, られたり、天下の行末も如何になるらん、兎にも角にも余等の思慮の及ふへき事にはあら, 公を仕るへき、丹波守か生涯も今日を限りとおもひなれは、仕の道もうとましくのみ成に, は、曲て從ひ奉るなり、最早西城の事も内々にては、既に南紀に決しぬる事とおもひはか, 思ひて、墨夷抔に心易く交らひたりしを、夫をさへけしからぬ筋におもひとられて、御大, 愼廟の蚤く思召付れて、其内慮ありしを、本郷丹州の御時節もあるへき事にて、唯今仰せ, なさるゝは如何にそや、余は學問もなく、才智もなく、肥後なんとに立並ふへくもあら, れ、, 賀殿殊に横柄を振はれ、余抔をは廢立を謀る不忠者の樣に、罵り辱しめらるゝこそ口惜け, 頼旨苦衷ヲ, 語ル, 安政五年四月二十五日, 六七一

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  • 頼旨苦衷ヲ
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  • 安政五年四月二十五日

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  • 六七一

注記 (19)

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