『大日本維新史料 編年之部』 3編 7 安政5年5月11日~5月晦日 p.304

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事也、, 江戸ゟ京都迄只相はこむ候間も、三四十日計懸可申と云々、, 故ケ樣と申よしニ付、兎角京師も人心不居合、, 一先達從京都岩瀬歸府之よしハルリス承り大ニ立服、其譯は此節岩瀬のみ歸府の筈は, 無之事也、彌歸府なれは甚不審千万、兎ても條約相調事有之間敷〓と、大ニ憤り居候, 其内彼通辯官風説を聞付、京都ニ〓堀田切服候よしなりと、ハルリスへ申聞候へは、, は今日ゟ日數十日相待可申、若十日相過候はゝ、是迄之談判都〓仕替可申、兎ても國, 大ニ長歎息し、されは兎かも成就不相成、殘念至極之事也と打し不れ居候所え向か、, 已後應接は下田奉行ニ〓相濟よし也と云々、了退出、, 叡慮被爲惱候ニ付、再應衆議を被盡候上ならては、御決答難被遊次第なりと云々、然, 所へ歸府候由申聞候はゝ、早速致面會度由ニ〓、色々申諭し、期延之事被申述候所、何, 尤軍艦等近海え差向候事は無之筈也、, 京都ゟ堀田侯歸府之由申聞候へは、ハルリス大悦不斜、夫ゟ堀田侯段々理解被申聞、, 七月廿七日迄延引と申事ニなり、五月五日、不勝〳〵ニ下田迄立歸り候由也、, 中人心居合候上と申事は不出來之事ニ候と急敷申候趣、岩瀬曰、併是は兎ても不相成, 安政五年五月十五日, ノ動靜, 題トハリス, 條約調印問, 安政五年五月十五日, 三〇四

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  • ノ動靜
  • 題トハリス
  • 條約調印問

  • 安政五年五月十五日

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  • 三〇四

注記 (21)

  • 1025,759,55,131事也、
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