『大日本古文書』 東寺文書 4 東寺文書之四 p.799

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ろいをなくて、有御沙汰之由、承及候之間、度〻以折〓を、子細申候了、ま, 知〓る物やある、まいりて子細可申之由被仰下付て、出羽殿まいりて, ニ、彼名田を被召候を不安と候て、いたん讓状を給候とゆへとも、彼名, 文といしてひろめ申さヌゝ間、百姓等子細承及候、其後大煩殿法印御房, て、領家御進止して、于今無妨、其後代〻領家預所殿雖被知行、敢以無〓乱、, 六波殿御前とて不及問注之、事切畢て、領家御進止之處に、今方〻よりい, 依有子細に、出羽殿彼名田を被召上了、爰に中村〓前頭頭職にて御座時, 之由申上て、彼名田に被付畢、下野殿御代官と、りやうす房この次第の證, 此時乘蓮房出來て、平新左衛殿付づいらセて、稱御家人之跡、致沙汰之處、, 田に一歩にも更にいろいなし、此は建保年之比、其以後經年序、無別〓乱, 別に土門民部卿三位殿御知行之時、御代官に土佐殿被知行候了、其時聊, 子細を申上て、彼名田畠を自領家之給てぬ、此も所當御公事不可有懈怠, 領之百姓に無詮とて、領家へ刑部卿之御房名田被召上畢、其後所に子細, 家人ノ跡, 乘蓮房御, 沙汰ヲ致, ト稱シテ, 前地頭職, 田ヲ召上, 出羽房名, ゲラル, 問注, 六波羅殿, 出羽房ニ, 召上ゲテ, 橋房名田, 中村尼, ヲ領家ニ, 刑部卿法, 付ス, ス, 東寺百合文書ぬ, 七九九

頭注

  • 家人ノ跡
  • 乘蓮房御
  • 沙汰ヲ致
  • ト稱シテ
  • 前地頭職
  • 田ヲ召上
  • 出羽房名
  • ゲラル
  • 問注
  • 六波羅殿
  • 出羽房ニ
  • 召上ゲテ
  • 橋房名田
  • 中村尼
  • ヲ領家ニ
  • 刑部卿法
  • 付ス

  • 東寺百合文書ぬ

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  • 七九九

注記 (33)

  • 213,530,81,2324ろいをなくて、有御沙汰之由、承及候之間、度〻以折〓を、子細申候了、ま
  • 1708,504,83,2333知〓る物やある、まいりて子細可申之由被仰下付て、出羽殿まいりて
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